第7話

新しい夜に、二人で
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2018/11/16 11:12
灰島香純
あー疲れたぁ……
寮の説明を受け、食堂で初めての夕飯を済ませた後は、
そのまま真新しいベッドに横になった。
灰島香純
ここ来てから、びっくりすることばっかりだなぁ……
親に話しても、信じてもらえるか怪しいことしか無かった。
でも、ここにいるのは本当で、
今日見たことは全部現実の出来事。
灰島香純
ここでなら、うまくやれるかな……
でも、いちばん大事なのは一つだけ。
ここではいじめられずに、普通の生活が過ごせるかどうか。
今までが普通の生活じゃなかったから、
それがどんな物かは分からないけど。
灰島香純
楽しい学生生活って、なんだろう……ん?
ベランダの方から、何かがコツコツと窓を叩いている。
窓に近づくと、そこには何故か信志先輩が居た。
灰島香純
先輩⁉ なんでここに……
狼谷信志
よっ。今、忙しかったか?
灰島香純
いえ……というか、いいんですか?
他人の部屋とか、ベランダに侵入するの禁止って、
説明ありましたよ?
狼谷信志
騒いだりしなけりゃ大丈夫だよ
灰島香純
(笑ってるけど、生徒会の人がいいのかなぁ……)
狼谷信志
それより、暇だったら案内したい所があってさ
時間、大丈夫か?
灰島香純
まあ、別にすることは無いですけど……
門限超えなければいいですよ
狼谷信志
真面目だなぁ……
まあ、朝のお詫びもあるから、
迷惑かからないようにはするよ
灰島香純
それで、どこに案内してくれるんです?
狼谷信志
へへ、俺の秘密……というか、
飛べるやつなら誰でも行けるんだけど
まあ、とっておきの場所だな
先輩はベランダの柵を、軽やかに乗り越える。
体は落ちず、まるで空中に立つようにこちらを見て、
翼を広げながら私へ両手を伸ばす。
まるで、初めて会った日の夜みたいに。
狼谷信志
連れてってやるから、手に乗っかれよ
香純くらいなら抱えられる
灰島香純
それはちょっと恥ずかしく無いですか……?
狼谷信志
じゃあ抱きかかえてやろうか?
灰島香純
いや、悪化してます!
ここを紹介してくれたり、
もしかして先輩は、サラッととんでもないことを言うタイプなのかもしれない。
狼谷信志
じゃあ、どうすりゃいいんだ?
おんぶは無理だぞ、羽使うんだから
誰も見てないから平気だって
灰島香純
わ、分かりましたよ……変な所触んないでくださいよ?
狼谷信志
それくらい分かってる
ほら、急がないと時間がなくなる
気恥ずかしさはあるけど、
私も柵を乗り越え、先輩の腕に座るように身を任せる。
結局、お姫様抱っこの姿勢になってしまった。
改めて近くで見ると、とても綺麗な顔立ちをしている。
灰色がかった髪も、もしかして私よりサラサラなんじゃないかな。
なんてじっくり見ていると、ふいに先輩の黄金色の目と視線があってしまった。
心臓が跳ね上がったのを知られないように祈りながら、
私はすぐに顔をそらす。
灰島香純
は、早く行きましょう!
狼谷信志
おう、じゃあ飛ばすぞ!
灰島香純
う……!
風を体に感じながら、私達は夜空へと飛び立つ。
一気に地上を離れ、どんどん高度が上がっていく。
そうすると心は気恥ずかしさより、緊張が勝つらしく、
私は先輩にしがみつくように抱きついていた。
灰島香純
大丈夫ですよね⁉ 落ちませんよね⁉
狼谷信志
お前が暴れなきゃ大丈夫だよ!
それより、前見てみろって!
灰島香純
え……わぁ……!
月が、真正面で光っていた。
気がつけば、あたり一面が星空で、
下には街が小さく見える。
テレビや漫画じゃなく、
本当に星空の中を泳いでいる。
狼谷信志
すごいだろ?
いつもこの時間に飛ぶのが好きでさ
灰島香純
今日で、一番いい驚きだと思います……!
狼谷信志
良かったよ、喜んでくれて
今日のお詫びをしようと思って連れてきたからな
灰島香純
お詫び?
狼谷信志
悪かったよ、俺が紹介したのに、
いきなり危ない目にあわせちまって
灰島香純
いや、あれは体質のせいみたいだし……
狼谷信志
それでも、こっちはある程度気がついてたんだ
その体質のおかげで、今日みたいな夜に見つけたんだからな
とは言え、お詫びもこんなもんしか思いつかねえし……
灰島香純
先輩、けっこう律儀なんですね
狼谷信志
だって気になるだろ?
それに、最初に見つけてからほっとけなくてさ
灰島香純
どうして?
もしかして、先輩も私のことステーキみたいだと思ってます?
狼谷信志
いや、お前はどっちかと言うと、
ガムじゃないか?
灰島香純
やっぱり美味しそうに見られてた⁉
狼谷信志
食べねーぞ⁉
そうじゃなくて、似てるところがあってさ
灰島香純
そうですか? 別に飛べたりしないけどなぁ……
狼谷信志
そうじゃない
俺もお前みたいに、いじめられてたことがあってさ
灰島香純
先輩も⁉ それは……嫌な奇遇ですね
狼谷信志
お前は強いから耐えてたけど、俺は逃げたんだ
ここ来るまで、家に引きこもってた
灰島香純
じゃあ、どうしてここに?
狼谷信志
兄貴に紹介された
俺はここならやれるかもってさ
半信半疑だったけど、結果はこうして、
元気にやれてる
灰島香純
……いいお兄さんが居たんですね
そこは羨ましいかも
狼谷信志
そうかな……
でも、俺が元気にやれてんだ
お前も、ここなら変われると思うぜ
もう話せるやつがいたし、俺だって協力する
灰島香純
ありがとうございます、先輩
まだ分かんないけど……そうですね
普通の学生生活、送れるようにがんばります
狼谷信志
おう、頑張れ
……っと、そうだ、今何時だ?
灰島香純
まだ七時ですね……
門限まで後一時間ありますよ
狼谷信志
じゃあ、あそこの山のてっぺんでいいかな
降りて、ゆっくり月見ようぜ
家に居て辛くなったとき、抜け出してそうしてたんだ
灰島香純
あ、いいですね、それ
私もよく、一人で空が眺められる所探してたりしたんですよ
狼谷信志
やっぱ、たまには一人で居ないと疲れるよなー
灰島香純
ですよねー、すごい分かりますそれ
それから私達は、門限まで一緒に夜空を眺めていた。
結局あまり話はしなかったが、
二人で月を眺めているだけでも、勝手に満足していた。
こういうのを普通の学生生活って言うんだとしたら、
本当は、とてもいいものだったのかもしれない。
今度こそ、うまくいきますように。
先輩の隣で、星に願いを託していた。

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