ガタンッという鈍い音がして、エレベーターが止まる。
まだ夢の中にいるみたいにぼんやりとする頭で、エレベーターから降りた。
するとそのフロアからは、そのまま悪夢の中にさらわれてしまったみたいに、吐き気が込み上げてくるほどの異臭が漂ってきた。
目の前に広がるのは、さっきの病院のようなフロアとは何もかもが違う、誰もいない地下駐車場のような荒れ果てた場所だ。
ビルの中のはずが、まるで外みたいなアスファルトでできた道路みたいな床が続いている。
床には、所構わずゴミが山積みになっている。
おそらくそれらは随分長い間放置されていたのだろう、生ゴミの腐ったような匂いが充満していた。
不潔な光景だった。
拡大コピーされたような新聞の切り抜きが貼ってあるのが、目に入った。
『見さかいのない殺人?』
___××年××月××日××州××の道路で男性の遺体が発見された。
遺体には鋭い刃物で切りつけられたような傷が大きく残っており、殺人事件として捜索中。
先月からこの州では似たような方法で殺人事件が続いている。
被害者にかかわりや共通点は見られないため、近くの住人は注意が必要である。
寝起きのようなうつろな表情で、呆然とその不気味な記事を読み終える。
___カラン…。
するとそのとき、壁の向こう側から、何やら不穏な音が耳に飛び込んできた。
それは、空き缶を地面に落とした時のような音だった。
辺りを見回す。けれど周囲には自分たち以外に誰もいない。
妙な気配のようなものは、空気中からひしひしと肌に伝わってくる。
女の子の手を引き、フロアの中を彷徨い始めた。
それから数分くらい、その迷路のような道を歩き回っていたため、少し疲れてきた。
ぷつっと電池が切れたみたいに立ち止まる。
ぼうっと天井に張り巡らされた蜘蛛の巣を見つめた。
一瞬、小さく目を開く。
何重にも重なった蜘蛛の巣の隙間に、非常口のマークが点滅しているのが見えたからだ。
非常口のマークの横には、『EV通路』という文字が書かれてある。
微かな緑の光に吸い込まれるように非常口に駆け寄り、ドアの前に立った。
けれどドアには取っ手がなく、押して見ても開く様子はない。
ハッとなにかの気配のようなものを感じて、後ろを振り返った。
視線の先には、光のない、裏路地みたいな通路が続いていた。
覗き込んでみると、奥からは異様な匂いがたち込められてきている。
漠然と、ここへはいるのは少し怖いような気がした。
______....ほら、レイもこっちにおいで。
けれど、動けないまま躊躇していると、まるで天から降ってくるような優しい声が頭の中で囁きかける。
軽く息を止め、水の中へと潜っていくように、見たことのない虫が湧く通路を、ふらふらと進んで行った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!