中学生になった頃から浴衣なんて着ていなかったけど、今年は綴がお祭りに誘ってくれたから華やかに着飾ってみた。
藍色の布地に朱い金魚が泳いでいる浴衣は少し大人っぽ過ぎて私には似合わない気もしたけど、お気に入りの柄だった。
私は姿見の前で覚悟を決め、最後の仕上げに髪飾りを付けて家を出る。
いつも通り、待ち合わせ場所の木陰にたどり着くと、浴衣姿の綴が待ってくれていた。
彼の手にいつものビニール傘は見当たらず、私は思わず声を出してしまう。
そう褒められて私も綴の浴衣姿に目がいく。
グレーのシンプルな浴衣は、もともときれい系の綴のよさをよく引き出していた。
ふと、綴の顔を見てみると、わずかな外灯の光でもわかってしまうほど、彼は耳から頬まで赤く染めていた。
「きれい」と綴の口から聞けただけで私は舞い上がり、彼の手を取って微笑む。
そう言うと綴は恥ずかしさを我慢できなくなったのか、そっぽを向いて手で顔を扇いでいた。
お祭りの会場は赤い提灯が連なった雰囲気のあるものだったけど、人の数は少なく、私と綴の貸し切り状態になっていた。
しかし、妖怪たちはたくさんいて、あちこちで酒盛りをしている。妖怪が開いている屋台もあったけど、並べられているのは得体のしれないものばかりで買うのはやめておいた。
ある程度回り終えた頃、町内会長のおじさんが声をかけてきた。
結局、名前の由来はわからないままで、綴も少し考えているようだった。
気を取り直して屋台で手持ち花火を買い、私たちはバケツを持って森の中の小川までやってきた。
初めの一本に火をつけると、綴の肩にいた化け狸は目を輝かせて地面に下り、火花に近づいていく。
そんな風にじゃれ合っているとすぐに花火は無くなっていき、締めにふさわしい線香花火に火をつけた。
そんな話をしていると、森の奥から線香花火によく似た灯りが3つほど、ふよふよと飛んできた。
それらは線香花火の火種に触れそうなほど近寄ってきて、同じように火花を散らして光って見せる。
私と綴、両方の線香花火から同時に火種が落ちると、鬼火は次を出せと言わんばかりに身を寄せてくる。
楽しい花火の時間が終わると、鬼火たちは満足したようで森へと戻っていく。
私はほんの少しの差で綴に負けてしまい、明日家まで迎えに行くことを約束する。
笑い合いながらお互い背を向けて帰路についた。
綴と過ごした椿祭りはやっぱり想像超える楽しさで、私は明日さえも待ちきれないくらい心が躍っていた。
そんな思いを胸に綴の後姿を見ようと振り返ったが、その真っすぐな一本道にもう彼の姿はなかった。
少し不思議に思いながらも、明日を楽しみ私はまた家へと続く道を進んだ。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!