第8話

椿祭り
848
2020/10/08 04:00


 中学生になったころから浴衣ゆかたなんて着ていなかったけど、今年はつづるがお祭りにさそってくれたからはなやかに着飾きかざってみた。

 あい色の布地にあかい金魚が泳いでいる浴衣は少し大人っぽ過ぎて私には似合わない気もしたけど、お気に入りのがらだった。

高槻 空央
高槻 空央
(気合入れ過ぎたかな?
けど、この浴衣好きだし、つづるに見てもらいたい!)


 私は姿見すがたみの前で覚悟かくごを決め、最後の仕上げに髪飾かみかざりを付けて家を出る。

 いつも通り、待ち合わせ場所の木陰こかげにたどり着くと、浴衣姿の綴が待ってくれていた。

 彼の手にいつものビニール傘は見当たらず、私は思わず声を出してしまう。

高槻 空央
高槻 空央
ビニール傘はいいの!?
森園 綴
森園 綴
あぁー、さすがにお祭りにまで持ってくと目立つと思って
森園 綴
森園 綴
それより……、えっと、きれい、だね


 そう褒められて私も綴の浴衣姿に目がいく。

 グレーのシンプルな浴衣は、もともときれい系の綴のよさをよく引き出していた。


 ふと、綴の顔を見てみると、わずかな外灯の光でもわかってしまうほど、彼は耳から頬まで赤く染めていた。

 「きれい」と綴の口から聞けただけで私はい上がり、彼の手を取って微笑む。

高槻 空央
高槻 空央
ありがとう!
綴も! いつもよりきれい……じゃなくて、かっこいい、よ!


 そう言うと綴はずかしさを我慢がまんできなくなったのか、そっぽを向いて手で顔をあおいでいた。

森園 綴
森園 綴
じゃあ、……いこうか
高槻 空央
高槻 空央
うん!


 お祭りの会場は赤い提灯ちょうちんつらなった雰囲気ふんいきのあるものだったけど、人の数は少なく、私と綴の貸し切り状態になっていた。

 しかし、妖怪たちはたくさんいて、あちこちで酒盛さかもりをしている。妖怪が開いている屋台もあったけど、並べられているのは得体のしれないものばかりで買うのはやめておいた。

 ある程度回り終えたころ、町内会長のおじさんが声をかけてきた。

町内会長
空央あおちゃんめずらしいね、浴衣を着て椿つばき祭りにくるなんて
高槻 空央
高槻 空央
あ、こんばんは!
今日は少しお洒落しゃれしてみたんだ
町内会長
いいねぇ、似合うじゃないか。
そっちの子が森園もりぞのさんとこのおまごさんかぁ。
こんばんは
森園 綴
森園 綴
……こんばんは
高槻 空央
高槻 空央
これからおじさん達で集まって酒盛りでも始めるんでしょ?
町内会長
当たり~!
じゃ、まぁそんな見るとこもないだろうけど、楽しんでってね
森園 綴
森園 綴
あ、……あの!
高槻 空央
高槻 空央
(え!? ついに綴が自分から人と話して……)
町内会長
ん? なにかな?
森園 綴
森園 綴
えっと、な、夏なのに椿祭りって……、なんでなんですか?
高槻 空央
高槻 空央
(あ、椿祭りのことか。町内看板の前にいた妖怪の言葉が気になってるのかな? 忘れてたけど、確かにちょっと気になるかも)
町内会長
……いやぁ~、それは俺もわからないなぁ。
ずっとそういう名前でやってるから、使い続けてるだけなんだよ。
悪いね、答えられなくて
森園 綴
森園 綴
いえ、……ありがとうございます
町内会長
あぁ、帰る時は気を付けてなぁ


 結局、名前の由来ゆらいはわからないままで、綴も少し考えているようだった。


森園 綴
森園 綴
まぁ、……いっか。
そろそろ、花火でも買いにいく?
高槻 空央
高槻 空央
そうだね!


 気を取り直して屋台で手持ち花火を買い、私たちはバケツを持って森の中の小川までやってきた。

 初めの一本に火をつけると、綴の肩にいた化け狸は目をかがやかせて地面に下り、火花に近づいていく。

森園 綴
森園 綴
え!? ダメだよ。危ないなぁ
高槻 空央
高槻 空央
ふはっ、どうしたの~?
おいしそうにでも見えたのかぁ?
ほれほれぇ
森園 綴
森園 綴
ダメだってー、
猫じゃらしじゃないんだから


 そんな風にじゃれ合っているとすぐに花火は無くなっていき、めにふさわしい線香花火に火をつけた。

高槻 空央
高槻 空央
あ~ぁ、もう終わっちゃうー!
これ先に火種落とした方が、明日家までむかえに行くとかどう?
森園 綴
森園 綴
ふふっ、いいよ。
じゃあ、僕は落とそうかなぁ
高槻 空央
高槻 空央
えぇ? それじゃあ勝負にならないじゃーん
森園 綴
森園 綴
ふふ、ごめんごめん。
わざとそんなことしないよ


 そんな話をしていると、森の奥から線香花火によく似た灯りが3つほど、ふよふよと飛んできた。

 それらは線香花火の火種に触れそうなほど近寄ってきて、同じように火花を散らして光って見せる。

高槻 空央
高槻 空央
これって
森園 綴
森園 綴
鬼火、かな?
高槻 空央
高槻 空央
ふはは、鬼火くんたちも線香花火が気に入ったのかなぁ?
真似してるよね


 私と綴、両方の線香花火から同時に火種が落ちると、鬼火は次を出せと言わんばかりに身を寄せてくる。

高槻 空央
高槻 空央
あっつい!
待って待って、次の出してほしいんでしょ!?
わかったから近寄らないでぇ
森園 綴
森園 綴
はははっ!
あ、火までつけてくれた。
ありがとう
高槻 空央
高槻 空央
じゃあ、さっきのは同時だったから、これでもう一回勝負ね!
森園 綴
森園 綴
いいよ


 楽しい花火の時間が終わると、鬼火たちは満足したようで森へと戻っていく。

 私はほんの少しの差で綴に負けてしまい、明日家まで迎えに行くことを約束する。

高槻 空央
高槻 空央
じゃあ、明日は綴の家集合ね!
寝坊ねぼうしたら部屋に入っちゃうから
森園 綴
森園 綴
大丈夫だよ。
お昼に食べるおにぎりを作って待ってるね
高槻 空央
高槻 空央
本当!?
楽しみぃー
森園 綴
森園 綴
うん。
じゃあ、また明日。
気を付けて帰ってね
高槻 空央
高槻 空央
またね~、道に迷っちゃだめだよー!
森園 綴
森園 綴
ははっ、もう大丈夫ですー!


 笑い合いながらおたがい背を向けて帰路についた。

 綴と過ごした椿祭りはやっぱり想像超える楽しさで、私は明日さえも待ちきれないくらい心がおどっていた。

高槻 空央
高槻 空央
(もう今すぐ明日にならないかな)


 そんな思いをむねに綴の後姿を見ようと振り返ったが、その真っすぐな一本道にもう彼の姿はなかった。

高槻 空央
高槻 空央
(あれ? ……走って帰っちゃったのかな?)


 少し不思議に思いながらも、明日を楽しみ私はまた家へと続く道を進んだ。






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