私たちは町に流れる小川の水源である湖を目指し、森の道なき道を歩いている。
町からそれほど遠くない湖に行くのは難しいことではないはずだったのだけど、綴が危ないからとビニール傘を閉じてしまうほど私たちは慎重になっていた。
それは足元をちょこまかと走り回る5匹の赤子のような妖怪たちのせいだった。
そんな心配をしていると、1匹の赤子妖怪が私の足に躓いて倒れかける。
私は咄嗟に綴と繋いでいない方の手を伸ばし、躓いた赤子妖怪の体を抱き上げしまう。
赤子妖怪たちは輝いた目で私を見つめ、ぎゃーぎゃー、と嬉しそうに大はしゃぎで飛びかかってくる。
それとは対照的に困ったように苦笑する綴は、仕方ないね、とそのまま湖へとまた歩みを進める。
私たちが妖怪の見える人間だとわかった途端、赤子妖怪たちは服の裾を引っ張って先を急かす。道案内するように奥へ進んでいき、そのおかげか湖には思ったよりも早く辿りついた。
エメラルドグリーンの透き通った湖は背の高い木々に囲まれ、木漏れ日を反射してキラキラと輝いている。
幼い頃に探検したきりで一度も来ていなかった湖は、思い出の中の光景よりも神秘的で輝いて見えた。
そんな景色に見惚れていると、突然横から飛び込んできた赤子妖怪が湖にざぷん、と浸かる。
片手は繋いだまま、赤子妖怪たちを眺めておにぎりを食べた。
はしゃぎすぎている彼らがこちらにまで水を飛ばしてきたのに気付かず、私は思い切り顔から水かぶってしまう。
それを見た綴は赤子妖怪たちにも負けない無邪気な笑みを浮かべ、私もつられて笑ってしまう。
赤子妖怪たちを見つめる綴の瞳は懐かしそうに、けれど、苦しそうにも見えた。
私はそんな綴を見て胸が締め付けられ、目が熱く、首を絞められたように喉が苦しくなった。
今にも溢れそうな涙を堪えて、綴の話に耳を傾ける。
綴の作り笑いは本当に見ていて苦しくなる。
もし、私がもっと早く出会えていたら、妖怪が見えることにこんなに苦しまずに済んだんじゃないか。そんなどうしようもないことを考えてしまう。
妖怪が見えることを嫌な思い出だけで塗りつぶさないでほしい。
私は綴の手を離し、脱いだ靴を放って1人湖の中に入っていく。
さっきまで見えていた赤子妖怪たちはどこにもいない。当たり前だ。私1人では綴と同じ景色を見ることはできないから。
私は綴の方を振り返って手を差し伸べる。
今、彼の目には、私がいるこの景色がどんな風に映っているのだろう。
綴がこの手を取ってくれるだけで、私はいつでも彼と同じ景色を見ることができる。
そう言って綴は泣きそうだけど、嬉しそうに笑って私の手を強く握ってくれた。
その瞬間、赤子妖怪たちが現れて水を盛大にかけられてしまう。
綴にまで水をかけられ、私は濡れることも気にせず赤子妖怪たちを交えて水の掛け合いを始めた。
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。