第5話

小さい頃の友達
1,050
2020/09/17 04:00
高槻 空央
高槻 空央
つづる、大丈夫?
気を付けてね
森園 綴
森園 綴
大丈夫。
空央あおも転ばないようにね


 私たちは町に流れる小川の水源であるみずうみを目指し、森の道なき道を歩いている。

 町からそれほど遠くない湖に行くのは難しいことではないはずだったのだけど、つづるが危ないからとビニール傘を閉じてしまうほど私たちは慎重しんちょうになっていた。

 それは足元をちょこまかと走り回る5匹の赤子のような妖怪たちのせいだった。

高槻 空央
高槻 空央
やっぱり、一度森を出る?
このままじゃ少し危ないよ
森園 綴
森園 綴
うーん、出ても多分ついてくるよ。
こういうのは大体、きてくれるまで待つしかないんだよね
高槻 空央
高槻 空央
そんなぁ。
私そのうちり飛ばしちゃいそうで怖いんだけどぉ


 そんな心配をしていると、1匹の赤子妖怪が私の足につまづいて倒れかける。

高槻 空央
高槻 空央
危ないっ!


 私は咄嗟とっさに綴とつないでいない方の手を伸ばし、躓いた赤子妖怪の体を抱き上げしまう。
高槻 空央
高槻 空央
あっ!
……綴、ごめん。やっちゃった。


 赤子妖怪たちはかがやいた目で私を見つめ、ぎゃーぎゃー、とうれしそうに大はしゃぎで飛びかかってくる。

 それとは対照的に困ったように苦笑する綴は、仕方ないね、とそのまま湖へとまた歩みを進める。

高槻 空央
高槻 空央
本当にごめん、綴!
……約束したのに
森園 綴
森園 綴
今回は危ない妖怪じゃないし、そんなに気にしないでいいよ。
空央らしいし、こうなるのは予想してた
高槻 空央
高槻 空央
あ〜、こういうの本当に良くない!
森園 綴
森園 綴
そう? 空央の良いところだと思うよ
高槻 空央
高槻 空央
約束やぶるようなのは良いところとは言わないから〜
森園 綴
森園 綴
まぁ、空央が危ない目に遭わないことがあの約束の大事なところだから。
今回は本当に気にしなくていいんだよ?
高槻 空央
高槻 空央
あ〜ぁ……


 私たちが妖怪の見える人間だとわかった途端とたん、赤子妖怪たちは服のすそを引っ張って先を急かす。道案内するように奥へ進んでいき、そのおかげか湖には思ったよりも早く辿たどりついた。

 エメラルドグリーンのき通った湖は背の高い木々に囲まれ、木漏れ日を反射してキラキラと輝いている。

森園 綴
森園 綴
こんなにきれいな場所、初めてきたよ。
連れてきてくれてありがとう、空央
高槻 空央
高槻 空央
うん!
私も久しぶりに来れてよかった。
こんなにきれいだったんだ


 幼い頃に探検したきりで一度も来ていなかった湖は、思い出の中の光景よりも神秘的しんぴてきで輝いて見えた。

 そんな景色に見惚みほれていると、突然横から飛び込んできた赤子妖怪が湖にざぷん、とかる。
高槻 空央
高槻 空央
ふはっ、あの子たち水浴び始めちゃったよ
森園 綴
森園 綴
本当だ。
じゃあ、僕たちは今のうちにお昼でも食べようか?
高槻 空央
高槻 空央
そうだね!
はい、綴の分のおにぎり


 片手は繋いだまま、赤子妖怪たちを眺めておにぎりを食べた。

 はしゃぎすぎている彼らがこちらにまで水を飛ばしてきたのに気付かず、私は思い切り顔から水かぶってしまう。

 それを見た綴は赤子妖怪たちにも負けない無邪気な笑みを浮かべ、私もつられて笑ってしまう。

森園 綴
森園 綴
実はね、小さい頃はああいう妖怪たちと遊んでたんだ
高槻 空央
高槻 空央
え!? 綴が?
森園 綴
森園 綴
ふふっ、うん。
まさにあの輪の中に僕がいたような感じ
高槻 空央
高槻 空央
意外!
けど、そんな綴も見てみたいなぁ。
なんで、今は妖怪と関わらないようにしてるの?
森園 綴
森園 綴
うーん、少し暗い話になっちゃうよ?
高槻 空央
高槻 空央
綴がいいなら、聞かせて
森園 綴
森園 綴
……周りから見たら、僕は1人で喋って遊んでる不気味な子供だったんだ。
友達に話しても嘘つきって言われて、それならって、見せたら怖がられた


 赤子妖怪たちを見つめる綴の瞳は懐かしそうに、けれど、苦しそうにも見えた。

 私はそんな綴を見て胸が締め付けられ、目が熱く、首を絞められたように喉が苦しくなった。

 今にもあふれそうな涙をこらえて、綴の話に耳をかたむける。
森園 綴
森園 綴
だから、妖怪なんていないって言い聞かせるようにしたんだ。
……けど、完璧に見ないふりもできなくて、結局どっちともうまくいかなかった
高槻 空央
高槻 空央
それで、人とも妖怪とも関わらないようにしたの?
森園 綴
森園 綴
そんなとこ!


 綴の作り笑いは本当に見ていて苦しくなる。

 もし、私がもっと早く出会えていたら、妖怪が見えることにこんなに苦しまずに済んだんじゃないか。そんなどうしようもないことを考えてしまう。



 妖怪が見えることを嫌な思い出だけで塗りつぶさないでほしい。


高槻 空央
高槻 空央
綴、くつ脱いでっ!
森園 綴
森園 綴
え? どうしたの?
高槻 空央
高槻 空央
水遊びっ!


 私は綴の手を離し、脱いだ靴を放って1人湖の中に入っていく。

 さっきまで見えていた赤子妖怪たちはどこにもいない。当たり前だ。私1人では綴と同じ景色を見ることはできないから。


 私は綴の方を振り返って手を差し伸べる。

高槻 空央
高槻 空央
一緒に遊ぼう!


 今、彼の目には、私がいるこの景色がどんな風に映っているのだろう。

 綴がこの手を取ってくれるだけで、私はいつでも彼と同じ景色を見ることができる。

森園 綴
森園 綴
本当、そういうところだよ。
空央の手を離したくなくなったらどうする気?


 そう言って綴は泣きそうだけど、嬉しそうに笑って私の手を強く握ってくれた。


 その瞬間、赤子妖怪たちが現れて水を盛大にかけられてしまう。

高槻 空央
高槻 空央
ふはっ、ははは!
ちょっとぉ、びしょ濡れなんだけどぉ!
森園 綴
森園 綴
遊ぼうって言ったんだから、覚悟できてるでしょ?
ほらっ!


 綴にまで水をかけられ、私は濡れることも気にせず赤子妖怪たちを交えて水の掛け合いを始めた。






プリ小説オーディオドラマ