「お主は、誰だ?」そう尋ねてきたのは確かに綴で、けど、別人だということはすぐにわかった。
綴の手を無理矢理握れば、彼の後ろには女性の姿をした妖怪がぼんやりと透けた状態で立っている。長い赤髪は椿の花弁を思わせ、漆黒の着物はその美しさを引き立てていた。妖しく奇麗で、彼女からは今にも消えてしまいそうな危うさを感じる。
私が言葉も発せずに見つめていると、彼女の頬を雫が伝った。
ふん、そう椿の妖怪が鼻を鳴らすと、綴の手が私のそれを握り返した。
虚ろな瞳が私をとらえると、彼はぽつりと呟くように話し始める。
綴がそこまでいうと、椿の妖怪は伏せていた視線を上げて私たちを見据える。
椿の妖怪は深いため息を1つついて、口を開いた。
彼女の悲しげな表情は、綴によく似ていた。
そこまで話すと、彼女の表情は暗く濁るように曇っていった。
彼女の手は打ち震え、その感情がまるで直接流れ込んでくるような不思議な感覚に襲われる。
しかし、その手を綴が両手で包みこみ宥めるように撫でると、私の心にも安らぎがおとずれる。
綴の抱えていたものを聞き、それが私では到底想像することもできないものなんだと思った。
けど、椿の妖怪にはそれを理解できる。
叫ぶようなその言葉を発せば、彼らは私の方を振り返る。
私は必死に言葉を繋げた。
熱くなる喉から震えてしまう声を絞り出して、なにを伝えればいいのか頭を巡らせる。
綴が私を見つめる目はとても優しく、私の言葉を1つ1つ噛みしめている様に見えた。
もう、なにを言っているのか自分でもわからない。
ただ、綴を引き留めたい一心で言葉を紡いでいくだけで、精一杯だった。
私は震えてしまう手で、綴の指先を離さないように掴んだ。
いつの間にか綴の瞳からは、宝石のように奇麗な涙が零れ落ちていた。
お願いをするように綴の瞳を覗き込めば、彼は手を引いて、そして私の体を掻き抱いた。
綴のぬくもりに安心してその背中に手を回せば、椿の妖怪が彼の体から出ていくのが見えた。
そのまま消えてしまうように立ち去ろうとするから、私は無理矢理引き戻すように彼女の手を掴む。
椿の妖怪は目を丸く見開くと、懐かしむような目で微笑んだ。
そう約束して、私と綴は神社から出て、外へと踏み出した。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。