蒸し暑い体育館での終業式も終わり、明日からは高校生になって初めての夏休み。
仲のいい友だちと楽しく遊びの計画をーー。
遊びの計画を、立てるはずだった。
諦めきれずに誘ってみたけど、どうやら首を縦に振ってくれることはなさそう。
わざとらしい泣き真似をして教室を飛び出せば、千紘に「がんばれ~」なんて呑気な声援を送られる。
教室に残っていた同級生たちの笑い声と、「走るな!」という先生の注意を聞き流し、私は廊下を走り抜けた。
昇降口を出て見下ろした先には、鮮やかな緑の森に囲まれ、広大な田畑と一筋の澄んだ小川が流れる町がある。そこには高層ビルやスクランブル交差点などの都会的なものは一切ない。
室内でも聞こえていたセミの喚くような鳴き声が一層うるさくなった。
山の上にある高校から町までは、草木が生い茂る森の中の丸太階段を通る。幅の違う手作り感溢れる階段も通り慣れたもので、私はそれを軽やかに下りて行った。
幼い頃は森を探検したり、川遊びをしていたけど、もうそれを楽しいと思える歳でもなければ、1人でやって楽しい遊びでもない。
丸太階段を下り終えて森を抜ければ、鬱陶しいくらいに照り付けてくる太陽が待ち構えていた。
眩しすぎる日差しに手をかざし、また家までの道のりを歩きだそうとした時、晴天とは似つかわしくないビニール傘が目に入った。
雲一つない青空の下、物憂げな表情で森の中を見つめる黒髪の美少年がビニール傘を差していたのだ。
一目でこの町の人ではないとわかる。
袖から伸びる女性的な腕や不健康そうなほど色白の肌は妖しく奇麗で、ビニール傘も相まって、彼がこの世の者ではないようにさえ見えた。目を奪われて観察していると、森を見つめるその瞳が何かに怯えているようだった。
私は無意識のうちに、彼に歩み寄っていた。
そう声をかけると、彼はやっと私に気付いたようで、目を見張り身構えてしまう。
何か喋ってくれるのかと思いきや、すぐに口をつぐんで私に背を向けた。
何か失礼な訊き方していたか考え巡らせ、もう一度声をかけた瞬間、彼はフラフラと覚束ない足取りで私の方へ倒れかかってきた。
ビニール傘を避けてうまく受け止めると、触れた肌から熱を感じた。
畑仕事のおかげもあり熱中症の対処法をよく心得ていた私は、とにかく、彼を木陰に連れて行こうと腕を腰に回した時――。
腕を振り払おうとする彼の弱々しい抵抗に少し傷つきながらも、私は強引に肩を貸して少し道を外れた森の木陰に移動する。
もしかして、私が知らぬ間に変な目で彼を見ていて不審がられているのか、なんて不安に思っていると、草むらをかき分けて歩くような音が聞えてきた。
物音の方へ視線を向けると、そこには笠をかぶり草を咥えた2足歩行の猫が、2本のしっぽを揺らして歩いていた。
笠をかぶった旅人のような姿の猫を見た私は、思わず間抜けな声を漏らした。
生まれてからずっとここで暮らしてきたけど、こんな猫を見るのは初めてのことだった。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。