第5話

5話 素顔のきみ
野々村 姫
野々村 姫
私、猫が苦手なの!
涙目で説明しながら、
私は王牙くんの手をむんずと掴んだ。

それから伝票を持って勝手に支払いを
済ませると、お店を飛び出す。
佐伯 王牙
佐伯 王牙
おいっ、どこに行くんだよ!

戸惑いの声をあげる王牙くんを
引きずるようにして、あてもなく走り、
ようやく足を止めると……。

私たちは噴水のある、大きな公園に来ていた。
野々村 姫
野々村 姫
よし、ここまでくれば安全。
疲れたあ……
呑気にパタパタと顔を仰ぎながら振り返ると、
不機嫌丸出しの王牙くんと目が合う。
佐伯 王牙
佐伯 王牙
……おい
野々村 姫
野々村 姫
あ……
──魔王降臨。

明らかに怒っている王牙くんに、
おろおろと視線を泳がせる。

すると、王牙くんのワイシャツが
コーヒーで茶色く汚れているのに気づいた。


そういえば、王牙くん。

私が大声をあげたときに、
コーヒーカップを倒してたような……。
野々村 姫
野々村 姫
わああああっ、ごめんね!
すぐに自分の犯した失態に気づき、
私は慌てながら、王牙くんのワイシャツを掴む。
野々村 姫
野々村 姫
私が驚かせたせいだよね、これっ
佐伯 王牙
佐伯 王牙
そんなことは、どうでもいい。
それよりも……
不自然に言葉を切った王牙くんは、
私の顎を指先でつまんで持ち上げた。
佐伯 王牙
佐伯 王牙
この俺を、こんなみっともない格好で
走らせた責任を取れ
怒ってるはずなのに、
王牙くんはなぜか楽しげな笑みを浮かべている。

その意味はわからないけれど、
私のせいで王牙くんが恥をかいたわけだし、
ケジメはつけないと……だよね。
野々村 姫
野々村 姫
責任、さっそくとらせていただきます!
佐伯 王牙
佐伯 王牙
やけに素直だな
野々村 姫
野々村 姫
女に二言はないからね。
そんじゃ、こっち来て
佐伯 王牙
佐伯 王牙
……は?
目を丸くしている王牙くんの手を引いて、
私は公園の手洗い場に行く。

そして、ポケットから取り出した
ハンカチを濡らすと、
王牙くんのワイシャツの汚れた部分にあてた。
佐伯 王牙
佐伯 王牙
なにしてんの、お前
野々村 姫
野々村 姫
染み抜きだよ。
まだ時間が経ってないから、
落ちると思うんだけど……
ハンカチに汚れを移しつつ、
私は手元を見ながら付け加えるように言う。
野々村 姫
野々村 姫
落ちなかったら、そこは責任とって
弁償するから安心して!
佐伯 王牙
佐伯 王牙
そういう意味か……
疲労感が混じった声が頭上から降ってきて、
私は顔を上げる。

すると、王牙くんは呆れた表情をしていた。
野々村 姫
野々村 姫
え、どうしたの?
佐伯 王牙
佐伯 王牙
なんもねえよ。続けろ
野々村 姫
野々村 姫
う、うん……
王牙くんに見守られながら、
なんとかシミを落とすと、私は笑顔を向ける。
野々村 姫
野々村 姫
はい、キレイになったよ
佐伯 王牙
佐伯 王牙
おお……すげえ
王牙くんは感心したように、
自分の着ているワイシャツの胸元を眺めた。
佐伯 王牙
佐伯 王牙
お前、なんか女子っぽいな
野々村 姫
野々村 姫
聞き捨てならないなあ。
私、これでもれっきとした
女なんですけど
佐伯 王牙
佐伯 王牙
だってお前、猫が嫌いだわ、
人前で叫ぶわ……
野々村 姫
野々村 姫
苦手なんだもん。
というか、女らしさに
猫好きかどうかは、関係なくない?
佐伯 王牙
佐伯 王牙
それだけじゃねえよ。
会計を勝手に済ませるし、
俺の手をたくましく引いてくれるし?
野々村 姫
野々村 姫
うっ……
佐伯 王牙
佐伯 王牙
男らしい、のほうがしっくりくんだよ
楽しそうにククッと喉の奥で笑う王牙くんを見て、
私は怒るところなのに頬を緩めてしまう。
野々村 姫
野々村 姫
王牙くん……。
そっちのほうが、なんか自然
佐伯 王牙
佐伯 王牙
あ?
野々村 姫
野々村 姫
学校だと、作り笑いばっかり
してるでしょ?
いつもカッコよくて、女子の注目の的。

見られている生活が続いているせいか、
王牙くんには隙がない。

それって、すごく疲れると思うから……。
野々村 姫
野々村 姫
そうやって、心から楽しいって
思ったときに笑えばいいんだよ
佐伯 王牙
佐伯 王牙
…………
野々村 姫
野々村 姫
疲れてたり、怒ってるときは
無理をしなくてもいいと思う
王牙くんは私をじっと見つめて、
やがて視線を彷徨わせながら、
前髪をかき上げる。

そして、ふっと小さく笑みをこぼした。
佐伯 王牙
佐伯 王牙
へんな女

口は悪いけれど、
王牙くんのその笑顔はいままで見た中で、
いちばん自然で、心から出たものだとわかった。