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第10話

10話 もう一度、ここから始めよう
王牙くんにフラれてから、数日。

私はなにかと気にかけてくれる優斗くんと、
一緒にいることが多くなった。

いまも放課後に優斗くんと図書室に寄って、
下駄箱に向かって廊下を歩いているところだ。
野々村 姫
野々村 姫
優斗くんって、難しい本を読んでるよね
藤堂 優斗
藤堂 優斗
そうかな? 
これ『正義の天秤』なんて題名は
硬いけど、内容はわりとライトだよ
野々村 姫
野々村 姫
じゃあ、次借りてもいいかな?
藤堂 優斗
藤堂 優斗
もちろん
優斗くんは、私の知らないことを
たくさん教えてくれる。

勉強家なところ、尊敬するな……。
野々村 姫
野々村 姫
優斗くんは、なんだか大人っぽいよね
藤堂 優斗
藤堂 優斗
え? どうしたの、突然
野々村 姫
野々村 姫
いつも見習いたいなって
思うことばっかりで、
一緒にいると背筋が伸びるっていうか
藤堂 優斗
藤堂 優斗
はは、それはたぶん……。
学校でも、お兄ちゃんをやっちゃってる
からだろうな
野々村 姫
野々村 姫
え? お兄ちゃん?
藤堂 優斗
藤堂 優斗
うち、母子家庭なんだけど
兄弟が4人いてね。俺が長男だから、
ついしっかり者を演じちゃうんだ
野々村 姫
野々村 姫
そうだったんだ……
だから、人より大人びて見えるのかもしれない。
でも、それって……。
野々村 姫
野々村 姫
辛くない?
優斗くんは甘えたり、
わがままを言える人っているの?
藤堂 優斗
藤堂 優斗
そう言われてみると、いないかもね
なんてことないように言う優斗くんに、
私は心配になる。
野々村 姫
野々村 姫
じゃあ、困ったことがあったら
私に話してね?
藤堂 優斗
藤堂 優斗
え?
野々村 姫
野々村 姫
話を聞くことくらいしかできないけど、
優斗くんの力になれたら嬉しいって
いうか……
なにかできないかって、そう思うのに、
自分が彼にしてあげられることが
それくらいしか考えつかない。

無力感に打ちひしがれていると、
優斗くんはふっと微笑んだ。
藤堂 優斗
藤堂 優斗
野々村さんの一生懸命な優しさは、
俺の心を支えてくれてるよ。
ありがとう
野々村 姫
野々村 姫
そんな! 私は、なにもしてないよ
藤堂 優斗
藤堂 優斗
君は、そばにいるだけで
誰かの心を癒せる人なんだと思う
そう言って、優斗くんは足を止める。

どうしたのかと疑問を抱きながら、
私も歩くのをやめて優斗くんに向き直った。
藤堂 優斗
藤堂 優斗
初めは困ってる君を
ただ助けてあげたいなって
思うだけだったけど、いまは……
真剣な眼差しを向けてくる優斗くんが、
なにかを言いかけたとき──。
佐伯 王牙
佐伯 王牙
そこへ思いつめた表情をした、
王牙くんが現れた。
野々村 姫
野々村 姫
王牙くん!?
佐伯 王牙
佐伯 王牙
姫、話がある。
だから、俺とこい
いつもなら強引に引くはずの手を、
差し出してくる王牙くん。

こうして話したのは、久しぶりだった。

隣の席なのに、
王牙くんは私のほうをまったく見ずに
他の女の子と話していたから。
藤堂 優斗
藤堂 優斗
別れた相手には、
執着しないんじゃなかったのか
優斗くんは私を庇うように、
王牙くんの前に立ち塞がる。

咎められた王牙くんはというと、
ばつが悪そうな顔をしていた。
佐伯 王牙
佐伯 王牙
どうでもいい女ならな。
でも例外がいるんだってこと、
藤堂といる姫を見てたら気づいた
王牙くんにまっすぐ見つめられて、
私は息を詰まらせる。
佐伯 王牙
佐伯 王牙
嫉妬なんて、初めてした。
やっぱ、姫を手放したくねえ。
だから……俺のところに戻ってこい
こんなときでも命令口調なんだなと、
私は自然と口元を緩ませる。


でも、後腐れない関係に固執してた王牙くんが、
私だけは手放したくないと言ってくれた……。


それだけで、選ぶ答えなんてすぐに決まる。
野々村 姫
野々村 姫
仕方ないなあ、無期限で
王牙くんのそばにいてあげます。
私も一緒にいたいから
仕返しと愛情を込めて伝えると、
王牙くんは肩をすくめて困ったように笑う。

そんな私たちを見ていた優斗くんは、
少し寂しそうな笑みを浮かべた。
藤堂 優斗
藤堂 優斗
野々村さんが笑顔になれてよかった。
俺じゃ、君を元気にしてあげられ
なかったから
野々村 姫
野々村 姫
そんなことないよ!
辛いときに、そばにいてくれて
ありがとう
そう言えば、優斗くんは無言で首を横に振って、
静かに立ち去る。

誰もいない廊下にふたりきりになると、
王牙くんは私の手をとった。
佐伯 王牙
佐伯 王牙
こんなに余裕なくなること、
なかったんだぞ。
どうしてくれんだよ
野々村 姫
野々村 姫
私だって、王牙くんに恋なんて
絶対しないって思ってたのに……。
どうしてくれるの
佐伯 王牙
佐伯 王牙
責任はとってやる。
これからはずっと、姫だけの俺でいる
野々村 姫
野々村 姫
うん、約束だよ
ふたりで笑い合ってから、
王牙くんは私の顔を両手で包んだ。
佐伯 王牙
佐伯 王牙
やり直させて、初めから
野々村 姫
野々村 姫
どういうこと?
佐伯 王牙
佐伯 王牙
俺たち、出会い方から
めちゃくちゃだっただろ
野々村 姫
野々村 姫
自覚あったんだ……
苦笑いしていると、王牙くんは恥ずかしそうに
頭をガシガシと搔きつつ、ぶっきらぼうに告げる。
佐伯 王牙
佐伯 王牙
だから……あの日からやり直すんだよ
野々村 姫
野々村 姫
ふふっ。うん、わかった
佐伯 王牙
佐伯 王牙
姫、好きだ。
俺の彼女になってください
ぎこちない敬語とともに贈られた、
王牙くんの想いに思わずじわっと目に涙が滲む。
野々村 姫
野々村 姫
私も好きだよ、王牙くん。
私の彼氏になってください
もう一度、心からの告白を伝えると、
私たちは出会ったときとは違う。

優しくて、気持ちの通ったキスをしたのだった。

(END)