文華は、ヤツメから突然頬にキスをされたその瞬間、こころに、柔らかな風が吹き、一つの決意を引き寄せる。
文華は、恥ずかしくなり、シーツを頭からかぶり、何やら呟き始める。
「私、やっぱりヤツメさんが好き」「もう、別れるなんて考え無い」
「だって、こんなに好きなんだもん」
心のこもった、小さな呟きが、ヤツメの耳に届く
「俺も好きだよ」「文華ちゃん」
ヤツメも又、文華の耳元で、優しく呟く
二人の恋のつぼみは、ゆっくりだが確実に咲き誇る。
ヤツメと文華は、両親が着替えを持って来るまでの、わずかな間、優しく甘い時間を過ごす。
文華の両親が、病室の扉を開け、文華の手に、両手を添えていたヤツメは、シーツごしに、文華のオデコのあたりを、人差し指で、ツンツンと軽くつき、「じゃあね」「また明日くるね」「少量で良かったが、吐血して倒れたんだから」「無理するなよ」「わかった?」
ヤツメが、別れをつげると、文華は、どこか寂しそうにうなずき、小さな声で、返事する。
「ん、わかったよ」「ありがとうねヤツメさん」
ヤツメは、病院を出て、家にたどり着つと、大きく重い引き戸の前に、小さな可愛い訪問客が、今にも泣きそうな顔で立っていた。
そのすぐ横で、ミコトはこの女の子が泣か無い様に、必死になって、変顔をしていた。
それを見たヤツメは、必死で笑いをこらえながら、ミコトに近づく
「おい、ミコト何無駄な抵抗してる?」
「あっ、ヤツメ様」「だって~」「泣きそうなんだもん」「見えて無くても、ほっとけないよ」
「そうだな、悪かったよ」「小さな子供には、ミコトの事が、何か感じるかかもな」「で、ミコトあの子は、いつからここにいる?」
「かれこれ一時間ほどでしょか?」
「ただ事じゃ無いな」ヤツメはミコトにそう言うと、女の子の瞳を見て、穏やかに、優しく話しかける。
「お名前は?」「お歳は?」
九歳の女の子の瞳の中には、恋のつぼみは無く、その代わりに、枯れた一輪の花が、この子の瞳の中をまるで、支配するかの様に、咲いていた。
その依頼の内容は、特別で、困難な物だった。
九歳の女の子は、一年前に道に飛び出す自分をかばった母親は、交通事故で、亡くなったと言う。
枯れた花の正体は、この母親への強い想いが、生み出した物だった。
この女の子の願いは、ただ一つ
「お母さんに、あいたいの」
「私を、お母さんのいる、天国に連れてって、くれませんか?」
この言葉を聞いた、ヤツメと、ミコトは、驚きのあまりに、言葉を失う。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。