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第5話

この瞳に映る。玲紗side
校門前の停留所で、五月下旬の空を滑空するトンビを眺めて待つこと数分。


奇跡的に空いていたバスのシートに腰かけ、
移動すること約五分。


‥‥‥‥‥‥さすがに手は離してもらった。


その間一切会話がなく、
盗み見た横顔は嬉しそうにしていたから、
それでよしとすることにした。


‥‥‥‥‥‥‥結局、終始無言だった。


「わぁ‥‥‥‥‥」


そんなこんなで、
芹先輩せりせんぱいが何を買うのか一切聞かされないままに
連れてこられた場所。


それは、入るのに気後れしてしまいそうな、
なんともオシャレな洋服店だった。


「んん?‥‥‥‥‥」


そう。とてもオシャレな洋服店なのだが。


「どうかしたの?玲紗たまさ?」


マネキンの着ているそれらを見て首を傾げる私に、
芹先輩せりせんぱいはさらに首を傾げた。


そんな彼を見上げて一言。


「いや、ここ、女性向けのお店ですよ??」


これが、もし。


もし、私が芹先輩せりせんぱいの彼女だとしたなら、
洋服店に連れてきてもらえるのはわかる。


しかし、そんなわけもなく。


いったいどこのどなたへの買い物だろうか、
と考える必要もなく心当たりが浮かんできた。


優香ゆうかちゃん‥‥‥‥ですか?」


静かに問うて顔を見上げた。


目が合うと、先輩はへらりと笑った。


「フフフ、そう。我が従妹いとこのためなんだ」


そう言って穏やかに微笑む様子が美しくて儚くて。


思わず見入ってしまったのは、ここだけの話。


優香ゆうかはね‥‥‥」


そう言いかけて、その先をいいよどむ芹先輩。


しかし、意を決したような表情になり、
私の目を見て口を開いた。


「‥‥優香ゆうかは、俺よりも酷い火傷を負っちゃったから
まだ病院生活を送らなくちゃいけない」


少し前の微笑みとは逆に、
芹先輩せりせんぱいは悲しげな顔をする。


「病院生活なんてさ、‥‥‥‥‥‥‥オシャレしたり、
買い物したり、映画を見たりとか、女の子の楽しみができないでしょ?‥‥‥‥‥‥‥だからこうして俺が優香ゆうかに服を買っていくんだ」


「そうなんですね‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥うん。フフ」


落ち着いた声音でクスリと笑うと、
芹先輩せりせんぱいはおどけたように体を倒し、
清々しい笑顔を向ける。


「それでね、時々おりる外出許可で、
その服を着ることが優香ゆうかの楽しみなんだって」


芹先輩せりせんぱいはにっこりと笑うのに、どこか切なげで。


「‥‥‥‥‥‥楽しみだって言ってくれて、
それが少しだけ、俺の救いになってる」


「‥‥‥‥‥‥‥?」


その言葉に、何かが引っ掛かる。


「ぁ‥‥‥‥‥‥‥‥」


わかった。


なぜ“少しだけ、”なのか。


ファンクラブ会員達によれば、
優香ゆうかちゃんは今小学六年生のはず。


小学六年生の女の子なら、
それなりの気遣いなり何なりはできるだろう。


けれど、突然両親を亡くし、
自分自身も瀕死の重症を負い、絶望に苦しみ、
辛い心境であるはずの子が、
そんな風に振る舞えるだろうか。


否、できないだろう。


私だって到底無理だ。


そもそも優香ゆうかちゃんは親を亡くしてしまったのが、
小学四年生の頃。


精神はもっと未成熟で、不安定だったはずだ。


そんな状態の言動はセーブできるものじゃない。


全部が全部優香ゆうかちゃんの本音で、
嘘偽りのない心からの言葉だと考えられる。


芹先輩せりせんぱいなら、優香ゆうかちゃんの楽しみだという発言が、
気遣いではないことも本音であることも、
察知するだろう。


なのに、だ。


芹先輩せりせんぱいは“少しだけ、”と言った。


自分にとって、優香ゆうかちゃんのような存在が
そんな風に楽しみだと言ってくれたなら、
私なら、“少しだけ、”だなんて思わない。


大きな救いになるだろう。


芹先輩せりせんぱいなら“すごくすごく、救われたんだ”
くらい言いそうなものなのに。


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。


芹先輩せりせんぱいには、
もっとずっと重い何かがのし掛かっている?


何か、大きな十字架を背負っているのだろうか。


いったい、何を抱えているというんだろう。


「‥‥‥玲紗たまさ!!」


「わっ!?」


私が柄にもなく大きな声を出して驚く間にも、芹先輩せりせんぱいはずいっと顔を近づけてくる。


「近いです」


「だって玲紗たまさ、なんかボーッとしてたんだもん」


「それは‥‥‥‥‥すみません」


「うん。いい子♪」


そう言って、芹先輩せりせんぱいは私の髪をふわりと撫でる。


なんだかこうされてると、私が愛玩動物みたい。


「さ、行こう?
玲紗たまさにも優香ゆうかへの服を選んでほしいんだ♪」


そんな私の心境も露知らず、
芹先輩せりせんぱいはにこりと微笑む。


「フフフ‥‥‥わかりました」


そうして二人、
優香ゆうかちゃんへの洋服を選んで回った。





今、この気がかりには目を瞑っていよう。


優しい先輩。


楽しげな先輩。


嬉しそうな先輩。


そんな幸せな姿だけをこの目に焼き付けていよう。