2年前の夏。私が中1、兄が中2の頃の事だった。
…父と母が、死んだ。交通事故だった。
優しい母と、少し厳しい父。母親譲りの兄と、父親譲りの私。仲の良い家族だった。喧嘩も何度かしたが、私たち2人は両親が大好きだった。
そんな両親が、ある日突然この世を去った。
私たちはショックだった。そのせいで、学校に行かなくなった。先生も、何も言わなかった。
しばらくして私たちは、父方の祖父母に引き取られる事になった。
祖父母は、父を溺愛していた。
兄は、大切にされていた。
しかし祖父母は、日に日に父に似てくる私を見ていつもこう言った。
祖父母は、私を忌み嫌っていた。
毎日毎日暴言を浴びせられる。暴力を振るわれる。
私は、父親似のこの顔が嫌いだった。
…ある日、私と兄は孤児院に預けられる事になった。
そこは、精神科と併設された孤児院だったが、それ以外は変わった所はなかった。
兄は、そこでも楽しく暮らしていた。
…しかし、私は違った。元々精神面が弱かった上、祖父母から暴言を浴びせられ、暴力を振るわれる日々。私は、塞ぎ込みがちになっていた。毎日、精神科に通っていた。
そんなの私を、いつも気にかけてくれていたのは精神科の医師だった。
医師は、私の親代わりだった。医師といるのは楽しくて、医師と話している時は気分が晴れた。私は、医師を信頼していた。
孤児院に来て数ヶ月経ったある日、兄の里親が見つかった。兄“だけ”が引き取られる事になった。
兄は、里親に、私を連れていって欲しいと頼んだそうだ。里親も、それを承諾していた。
しかし、医師の一言で結果が変わった。
里親は察したのだろう。
そう言って、医師と部屋を出て行った。
兄は、すぐに孤児院を出る準備を始めた。そんな兄を、私は黙って見つめる事しか出来なかった。
出て行く直前、兄は私を抱き寄せてこう言った。
兄の涙が、私の肩を濡らしていく。
喉の奥から絞り出した私の声は、震えていた。そこで初めて、自分が泣いている事に気付いた。
それが、私と兄の最後の会話だった。
兄がいなくなってから、私は巨大な虚しさに襲われた。
信頼していた医師に裏切られ、たった一人の家族と引き離された。
いつしか私は、人と関わりを持たなくなっていた。
私は、精神科に行くのをやめた。人と会話をするのもやめた。笑う事もやめた。
心を閉ざすのは、簡単だった。
…そんな私が、久しぶりに会話した男の人。
これは、私と彼…いや、“彼ら”とのお話。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。