第3話

夢を臨む
93
2020/11/14 11:00
山崎 有紀
本当にそっくりなんだよなぁ……
私はそう言いシャーペンを握り直す。


頭の中には晴夏ちゃんのこと。
しかし目の前に広がるのは数式の嵐。
山崎 有紀
……集中しなきゃ。
頭を振って、深呼吸。










…………駄目だ。全く集中が続かない。
仕方無く、目の前の数学を一旦頭の角に追いやり、私は席を立つ。
私は、図書室の雰囲気が好きだ。
だから、こうやって、数学をする時は決まってここに来る。
この、なんとも言えない未知の世界へ来たような静けさに包まれると、嫌なことが全部抜け落ちる。
そして、より数学に没頭できる。
何を隠そう、私は大の数学好きで、数学オリンピックの常連であり、銅メダルを貰ったこともある。
つまり、私が数学をするということは、これ以上無い幸せの嵐であり、何時もなら集中が途切れるはずも無いのだ。
しかし、矢張り頭の中を横切って尚且なおかつ、頭の中を全て絡め取ってしまうのは、海吉晴夏についてのこと。
山崎 有紀
どうしたものかなぁ…………
先刻からため息ばかりだ。
私は特に何をするでもなく虚空を見つめていた。












気付けば空は朱色に染められる途中で。




結局何も出来なかったなぁ……と考えながら重い鞄を持つ。







有賀 悠希
山崎じゃん、また数学してんの?
部活終わりらしいジャージで顔を覗かせたのは、有賀 悠希アリガ ハルキ
小学校時代からの付き合いで、いつもつるんでいるメンバーの中の1人だ。
悠希は、晴夏にそっくりな晴夏ちゃんを知っているのだろうか。
山崎 有紀
うん。数学は面白いから飽きないんだよね。
山崎 有紀
そういえばさ、私のクラスに転入してきた海吉晴夏ちゃんさ、小学校の時の晴夏にそっくりじゃない?
有賀 悠希
その時さ、俺部活の朝練の後で朝礼に参加できてないんだよなぁ……
朝礼に参加できてないって……悠希らしいな。

先生に怒られなかったのか……?
有賀 悠希
ふーん……んで、その転入してきた海吉は、小学校の時の海吉とは別人なの?
山崎 有紀
別人らしいよ。
山崎 有紀
でもねぇ……なんか気になるというか。
本当にそっくりなんだけどなぁ……
有賀 悠希
ふーん……
どうやら悠希も少し気になってはいるようで、暫く目線を泳がせた後、6時になったから帰るわ、と言いながら去ってしまった。
私も、机の上の物を鞄に押し込み、失礼しました、と呟いてから図書室から出た。



また、明日も、晴夏ちゃんと喋れるかな。














細やかな願いは、夕焼けに吸い込まれ、誰の耳にも届かなかった。

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