暫く泣いていた彼女が漸く顔を上げる。
赤くなった目、腫れた瞼、鼻を啜る仕草や涙を拭う姿、そのどれもが…色っぽく見える。
「…泣いて、ごめんね」
「ううん。…大丈夫」
「自己紹介、しなきゃ、だよね」
そう言って私の傍から離れ、一冊の手帳を持ってくる。ウサギのキャラクターが表紙でピンク色で可愛い。
「ここ、見て」
彼女が指さす名前。
【♡YUMI&AMI♡】
「ゆみ、と、あみ?」
「うん。私の名前はね、由美だよ」
そう教えてくれる。
私は彼女の名前をぽつり、口にする。そのすぐ後で彼女を見ると、にっこり嬉しそうに笑っていた。その顔がすごく可愛いと思った。
「ねえ、この手帳は?」
「これはね。亜美と私の思い出が詰まった大切なノートなの。一緒に見よう?」
「うん」
そう言うと彼女、由美はページを開く。
それは交換日記のようなものだった。
最初のページはプロフィール、らしい。
【笠井亜美】17歳
好きな食べ物:由美
嫌いな食べ物:ピーマン
好きな人:由美
☆ひとこと☆
ゆみ!!大好き!!愛してる!!
【河合由美】17歳
好きな食べ物:ケーキと亜美♡
嫌いな食べ物:ピーマン
好きな人:亜美
☆ひとこと☆
あみ!ちょー好き!愛してる♡
「……ふふ、そっか、やっぱり…」
「ねえ、亜美。大好き…」
私に寄りかかる由美。
悲しげな瞳が私を捉える。彼女は可愛い、長い髪でサラサラで、私なんかよりずっと可愛い。男なら彼女を手に入れたいだろう。
「ありがとう、由美」
今の私にはそう答えることしか出来ない。薄らとした記憶の中、彼女を心から好きだと言える自信が無い。私は私の事が分からないのだから。そんな状態で言われても、嘘をついているのと同じこと…。
「亜美…。次のページいくよ?」
「うん。見せて」
開かれたページ、そこには写真がある。
セーラー服を着た女の子が二人抱き合い、キスをする写真。周りがデコレーションされている事からこれは、プリクラ?
「付き合った記念日で撮ったプリクラ。人が少なくて場所も空いてて、最新のやつもあったけど亜美がこの台にしようって言ったんだよ」
「私が?」
「…うん。何でか覚えてる?」
私は静かに首を振る。
答えを聞こうと由美を見た。私を見つめて頬を赤く染めて、照れ笑いをしながら彼女は話す。
「この台ね、カーテンが一番長かったし少し古かったの。それを見た亜美が言ったの、"このプリクラなら…キスして撮れるよ"って…」
その日のことを思い出しているのか由美は目を逸らしてプリクラをそっと指で撫でる。嬉しそうにしていた表情がまた少し曇りだした。
「このプリクラの台、今はもうないの。撤去されちゃって…。でもあの日、このプリクラの台で私達は何度もキスした…亜美からしてくれて、嬉しくて…途中プリクラ撮ってるのも忘れてずっとキスしてたっけ…」
思い出すように話す由美の目にはまた、涙が溜まる。私はそれを指で拭った。
ゆっくりと私を見上げる由美。
肩に手を回して抱き寄せる。
「…続き、聴かせて? もっと聴きたい、私と由美のこと。もっと知りたい…教えてくれる?」
「亜美……うん。もちろんだよ、教えてあげる。亜美が忘れた私達の思い出、全部全部教えてあげる。だから聴いて?」
また彼女の目から零れる雫が頬を濡らす。私はその涙を拭き取りながら何度も頷いた。
知りたかった。聴きたかった。
彼女が、由美が私の事をどれだけ好きなのか。
私という人間はどういう人間なのか。
彼女の中にある私との思い出、それを少しでも多く共有したかった。
だって、二人で分かち合ったはずの楽しい思い出が今は由美だけのもの。
彼女はきっと苦しいはず。
好きだった人が、愛してやまない人が……。
何も覚えていないのだから。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!