ピッ……ピーーーーーッ、
何も、言葉が出なかった。
決勝戦、北川第一対白鳥沢。
北川第一は1セットも取ることができないまま、怪童"牛島若利"に惨敗。
私は初めて、兄の"負け"を体感した。
そして、同時に……絶対にお兄ちゃんにも、徹くんにも、誰にも言えない…………。
全てを捻り潰す若くんの強さに、心を惹かれた。
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汗だくのお兄ちゃんは、悔しさを表にこそ出さないもののその瞳からは確かにやりきれない思いがこもっていて。
表彰式が終わってバスに乗り込んだ皆を見送ってから、一度館内へ戻った。
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お手洗いから出て、迎えを呼ぼうと携帯を取り出した時。
角を曲がってきた若くんとバッタリ遭遇して、立ち止まった。
勿論汗はかいているようだけど……あまり疲れてなさそう。
やっぱりこの人……凄いんだ。
呆然としていた私の顔を見てそのまま立ち去ろうとする若くん。
気がついたら、裾を掴んで止めていた。
立ち止まってくれた若くんは振り向いて、高い位置から私を見下ろす。
呼び止めたはいいけど…………何を話すつもりだったんだろう。私。
あああああ馬鹿……。
……今、私と話しに来たって……言った?
なんで??
何言っちゃってんの私!!?
ほらもう……変に思われたかな?
沈黙が続いた所に若くんのチームメイトがやってきて、会話が中断された。
……このままお別れしたら、もう当分会えないのかな?
もしかしたら、もうずっと……。
なぜか、私の本能が言っていた。
"この人とまた、会わなければならない"と。
小さく傾げた首筋には、もう汗が引いていて。
私は頷いて、口を開く。
悔しい気持ちと、それも仕方が無いと思わせるほどの圧倒的な力への憧れと。
そして、それがどうして私の心をこんなに突き動かすのか、どうして人見知りの私がこうして若くんと話せているのか。
"知りたい"
ゆっくり私と向き合った若くんは、片手でチームメイトさんに返事をしてこちらに歩み寄った。
思いもよらない言葉の連続。
困惑した私の、片手に持っている携帯を指さした若くんに渡すと、操作を始めた。
まさかこんなにすんなり受け入れてもらえるとは思ってなかった。
微かに口角を上げると、踵を返した。
そして、少し振り向いてまた、相変わらずの真顔で言う。
こうして、私はお兄ちゃん達に内緒で若くんとの繋がりを手に入れた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!