深山がここに来たのは今から12年前だ。
俺が5歳で深山が15歳の頃だった。
中学卒業し、進学しないですぐここに就職してきた深山はひとりっ子の俺にとっては執事よりお兄ちゃんのような存在だった。
その頃の俺は深山と呼ぶのではなく、
“ひつじ”と呼んだ。
昔は執事(しつじ)の事をひつじだ思っていたのだ。
「はじめまして、これから零様に仕えさせていただく、深山と申します。」
その日、彼は今と同じように頭を俺に向け、恭しく90度に腰を曲げた。
何故自分より一回りも年上の人が俺に頭を下げているのか、俺には理解出来ずにいた。
第一印象は「口うるさい人」。
「零様、お作法の時間です。」
「この後はダンスのレッスンです。」
「明日は朝早いのでもうお休みになられてはいかがですか?」
とにかく俺の事に対して口うるさかった。
今思えば俺の親から「ちゃんと躾しろ」と言われていたのかもしれないと想像がつくけれど、その頃の俺には深山が俺を虐めているようにしか思えなかった。
「…ひつじ!!うるさい!!!」
今まで喧嘩した事もある。
喧嘩っていっても大体は口うるさい深山に俺がキレるだけだが。
喧嘩してもしなくても深山はずっと俺の事を変わらず“零様”と呼んで、俺に微笑みかけてきた。
いつ深山に惚れたのかは覚えていない。
ただ、テストで満点をとったり、ダンスが上手くできたり、ふとした時に魅せる口角を少し上げた控えみな微笑みはおれの中の宝物のひとつだ。
そして時が経っていくにつれ、深山が俺を虐めているという被害妄想は無くなり、喧嘩する事もほぼ無くなった。
それと共に俺が深山に感謝や労りの言葉をかける事も少なくなったし、2人でいる時間も最近はほとんどない。
ただただ俺の身長と年齢、そして“好き”の気持ちだけが増えていく。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!