第4話

□ 𝑪𝒉𝒂𝒑𝒕𝒆𝒓𝟏 ___忘れ物
523
2024/01/21 05:47


子供達の身支度がある程度終わった頃、エマはフィルと呼ぶ男の子の靴紐を結びながらあなたの方を振り返った。

エマ
あなた、先に顔洗っていいよ!
私はこの子達の支度やってるから
あなた
え、でもいいの…?


起床後のあなたは服に着替えるよりも先に洗面所に直行している。
理由は単純。子供達が身支度を終えた後、顔を洗うために洗面所に集まるからだ。

周りとは少し違う順序なのはあなたも承知の上だが、幼い頃からこれなので もはやルーティン。
なので、正直に言えば早めに顔を洗いたかった。


しかし、手伝うと言って手を貸したのは自分だし、エマだって洗顔せずに子供達の手伝いをしている。
その中で自分の用事を優先するのはいくら姉妹のような関係であれど、あなたには気が引ける行為だった。

エマ
私の方は気にしないで!
あなたのお陰で朝食前には着替え終わりそうだし!


分かりやすすぎる程に悩むあなたの表情を見たエマは何を思ったのか、「手伝ってくれてありがと!」と笑顔でお礼を言った。

朝日に負けないくらいの笑顔でお礼を言われてしまっては「でも……」と言うのは失礼だろう。

あなた
そっか、じゃあお言葉に甘えて……
エマ
今日は素直でよろしい!
ふふっ、また朝食の時にね〜!
あなた
うん、また後で!


エマの優しさに甘えて洗顔する選択をしたあなたは、手を振りながら部屋を後にする。
その様子を見送ったエマはフィルの靴紐を結ぶ為に視線を下に落とそうとするが、頭上から「ねぇ、エマ」と己の名を呼ぶフィルの声がして顔を上げた。

フィル
あなた、タオル持っていったけ…?


フィルの質問に、エマはあなたと別れる前の光景を出来る限り鮮明に思い出そうと目を瞑る。

確かあの時のあなたは……
右手はドアノブを掴み、左手は手を振っていた。
どちらの手にも洗顔後に拭くタオルは握られていなかったし、腕にかけたり腰に巻いたりもしていなかった。

エマ
…………あ


ということは、つまり____




■□■□■□■□■□■



いつもより遅めの時間に洗面所に向かったあなた。
きっと混んでいるんだろうなと一人苦笑いする彼女の予想に反し、今日の洗面所はほぼガラガラの状態だった。

あなた
やった…!今日は運がいい日かも!


誰も使用していない端の方の洗面台に向かい、蛇口を捻って水を出す。
暑い夏は冷たい水で顔を洗うのが一番だが、肌寒い10月の季節になると少し前まで心地良いと感じていた水も冷たく感じてしまう。

あなた
……お湯が出てきたらいいのにな


そう心の中で不満を零しても、今出している水がお湯に変わる訳でもなく。
これから顔全体にかかる冷たさに思わず身構えながら、両手の掌に溜めた水を自身の顔にバシャとかけた。

あなた
(うう……やっぱり冷たい……)
あなた
(……あ、あれ……?)


三回に分けて顔を洗い、蛇口を捻って水を止めた後、両目を瞑りながら洗面台の縁を右手で触る。
その手つきはまるで何かを探っているかのようだが、目当ての物がないのかあなたの手の動きは次第に焦りに変わっていった。

何度もズラしながら見つけようとするが、やはりそれでも『それ』は見つからなくて……。



____ふわっ……



すると、先程までなかったはずの洗面台の縁にふんわりとした布のような柔らかい感触がした。

ドン
それ、顔を拭くタオル
俺のでいいなら貸してやるよ
あなた
その声はドン…?
ドン
はいはい、確認するのは後でな
まずは顔を拭けって!
あなた
うべっ


突然顔を何かで押し付けられる感覚。
でもそれは手で触ったあの布と同じ質感で、タオルで顔を拭かれているんだと状況を素早く把握した。

ドン
よし、出来た!
今更だけど痛くなかったか?
あなた
大丈夫、痛くなかったよ
それよりありがとう、ドン


顔からタオルを離されて一番最初に見えたのは、痛くないかとあなたの顔を覗き込む『ドン』だった。

彼はあなたと同じ10歳児の少年。
性格が似てなければ趣味嗜好も違うが、昔から一緒にいる事が多く、このようにお互いが困っている時は助け合うくらいに仲が良い。
切っても切り離せない関係というやつだ。

ドン
今日は来るの遅かったな
あれ、エマは一緒じゃないのか?
あなた
今日は年少の子達の身支度をしてたから遅くなったんだ
エマはもう少し遅れてくるよ
ドン
なるほど、りょーかい


タオルを畳みながら返事するドン。
すると、ドンの背後からウサギのぬいぐるみを両手に抱えた女の子がひょっこりと顔を出した。

コニー
おはよう、あなた
あなた
ん?あ、おはようコニー
それからリトルバーニーも


あなたが柔らかく微笑みながら両手を広げると、『コニー』と呼ばれる少女は小走りであなたに近付き、ぬいぐるみを間に挟みながらギュッと抱き着く。

温かい、子供ならでは体温。
満足するまでお互い抱き締めた後、あなたはコニーの髪型に目をつけた。

あなた
もしかして………ねぇ、コニー
今日は一人で髪を結った?


左右二つ結びにしているコニーの髪をすくうように手の中に収める。
パッと見じゃ気付かなかったが、結ぶ位置の高さが若干左右非対称になっており、まるで幼い子供が不慣れながらに頑張って結んだように見える。

コニーが結んだと確信した訳じゃない。
何となくそんな気がして質問を投げただけ。
でも、私の質問にコニーは目を輝かせた。

コニー
うん!わたし頑張ったんだよ!
ドン
朝一番にあなたに見せたいからって一緒に待ってたんだよな?
コニー
だって、綺麗に髪を結ぶ方法やコツを教えてくれたのあなただから!
あなた
コニー……!!


嬉しそうに笑顔で言うコニーの姿に、きっと子供の成長に感動する親ってこんな気持ちなんだろうなと思わず涙が出てきそうになる。

洗面台の鏡に向かって髪を結っていた出来事がまるで昨日のように蘇ってきて……。



だからこそ、寂しい(・・・)気持ちになった。



ドン
コニーはこんなに成長したのに、どっかの誰かさんは未だタオルを忘れてくるんだよな〜
あなた
うっ……これでも結構反省してます……
コニー
ふふっ、でも私はそっちの方があなたらしくて好きだよ
あなた
コ、コニぃぃ……!!

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