第6話

満開
92
2018/04/02 13:26
宇崎恭介は亡くなっている。

ならば、私が今まで会っていた人は誰なのか。
その時、今までとは比べ物にならないくらいの頭痛に襲われた。
私はその場に膝をつく。
母は慌てて私に駆け寄った。

「夕緋!?大丈夫!?」
何かが頭の中に流れ込んでくる。
見たことのある景色、聞いたことのある声。
そうだ、2ヶ月前。
私が入院する前。

私は恭介と出かけていた。
あの桜の木がある場所に。
春になったらまた来ようって話をして。

それで、それで…。

帰り道、信号無視して直進してきた車に私がはねられそうになって…。

そうだ。
恭介が私をかばってくれたんだ。
私よりも重傷だったはずなのに、私を安心させるためにずっと声をかけてくれて。
でも、その声もだんだん聞こえなくなって。
私も意識を失って。
全て、思い出した。
頭痛もいつの間にか治まっていた。
そして、ポロポロと涙がこぼれていく。

「夕緋!?」

母が心配そうな表情をしている。
私はノートとペンを拾った。

『思い出したよ、全部』

ノートを見た母は、目を見開いた。

「…思い出したの?」

私は頷いた。

『私、恭介に伝えたいことがある』

恭介はあの時、もう少し一緒にいたかったって言っていた。
もしかしたら、もうすぐ会えなくなるのではないかと思った。

『お母さん、ちょっと行ってくるね』

母は目尻の雫を拭いながら、微笑んだ。

「いってらっしゃい。」

私は家を飛び出した。
まだ自由がきかない体に鞭打って、途中なんどもつまずきながら、最寄り駅まで走った。
電車を降りたら、再び走った。
丘に着いた頃には完全に日は沈み、桜は月明かりに照らされていた。
私は辺りを見渡す。
恭介の姿は見当たらない。
こんなとき声が出さえすれば、名前を呼ぶことができるのに。
私は必死に声を出そうとした。
伝えたいことがあるから。

恭介…恭介…

「…恭介っ!!」

「…せっかく未練を残さないようにと思ったのに。」

恭介が姿を見せた。

「恭介…!」

私はまた会えたことが嬉しくて、恭介に触れようと手を伸ばす。
しかし、手は触れることなく恭介の体をすり抜け、その姿も少し透けていた。
恭介が悲しそうに笑う。

「なんで、来たの?」

「伝えたいことがあって…。」

言いかけて、私は気づいた。
桜が散りはじめている。
花びらが風に舞う。
それと同時に、少しずつ恭介が消えていく。

「恭介?」

「…桜が散るまでって、約束なんだ。俺、もう行かなきゃいけないんだよ。」

私はまだ、なにも伝えていない。
言わなければ。
伝えなければ。

「恭介!!」

私の大きな声に驚いたのか、恭介は大きく目を見開く。

「恭介!いつもありがとう。入学したばかりの頃、恭介が話しかけてくれなかったら、私、ぼっちの高校生活を送ってたかもしれない。でも、恭介が見つけてくれて、マネージャーやらないかって誘ってくれて、私のこと好きになってくれて嬉しかった。今日の桜も見れてよかった。本当はもっと一緒にいたい。もっと、もっと…。」

「もういいよ。」

私の言葉を遮って、恭介は私を抱きしめた。

「ありがとう。」

そう言って、桜の花びらとともに少しずつ空へ消えていく。

待って、待って。
まだ伝えてないことがある。

「待って…。」

「夕緋、大好きだよ。」

「待って、私も…!」

その時、強い風が吹き、桜の木が揺れて、散った花びらが空へ舞う。
恭介の姿も消えていた。
涙が頬を伝っていく。
最後まで伝えられなかった。

「…私も、大好きだよ。」

私は満月が浮かび、桜が舞う夜空に微笑んだ。
最後に触れた恭介は、春の日差しのようにとてもあたたかかった。

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