全て、思い出した。
頭痛もいつの間にか治まっていた。
そして、ポロポロと涙がこぼれていく。
「夕緋!?」
母が心配そうな表情をしている。
私はノートとペンを拾った。
『思い出したよ、全部』
ノートを見た母は、目を見開いた。
「…思い出したの?」
私は頷いた。
『私、恭介に伝えたいことがある』
恭介はあの時、もう少し一緒にいたかったって言っていた。
もしかしたら、もうすぐ会えなくなるのではないかと思った。
『お母さん、ちょっと行ってくるね』
母は目尻の雫を拭いながら、微笑んだ。
「いってらっしゃい。」
私は家を飛び出した。
まだ自由がきかない体に鞭打って、途中なんどもつまずきながら、最寄り駅まで走った。
電車を降りたら、再び走った。
丘に着いた頃には完全に日は沈み、桜は月明かりに照らされていた。
私は辺りを見渡す。
恭介の姿は見当たらない。
こんなとき声が出さえすれば、名前を呼ぶことができるのに。
私は必死に声を出そうとした。
伝えたいことがあるから。
恭介…恭介…
「…恭介っ!!」
「…せっかく未練を残さないようにと思ったのに。」
恭介が姿を見せた。
「恭介…!」
私はまた会えたことが嬉しくて、恭介に触れようと手を伸ばす。
しかし、手は触れることなく恭介の体をすり抜け、その姿も少し透けていた。
恭介が悲しそうに笑う。
「なんで、来たの?」
「伝えたいことがあって…。」
言いかけて、私は気づいた。
桜が散りはじめている。
花びらが風に舞う。
それと同時に、少しずつ恭介が消えていく。
「恭介?」
「…桜が散るまでって、約束なんだ。俺、もう行かなきゃいけないんだよ。」
私はまだ、なにも伝えていない。
言わなければ。
伝えなければ。
「恭介!!」
私の大きな声に驚いたのか、恭介は大きく目を見開く。
「恭介!いつもありがとう。入学したばかりの頃、恭介が話しかけてくれなかったら、私、ぼっちの高校生活を送ってたかもしれない。でも、恭介が見つけてくれて、マネージャーやらないかって誘ってくれて、私のこと好きになってくれて嬉しかった。今日の桜も見れてよかった。本当はもっと一緒にいたい。もっと、もっと…。」
「もういいよ。」
私の言葉を遮って、恭介は私を抱きしめた。
「ありがとう。」
そう言って、桜の花びらとともに少しずつ空へ消えていく。
待って、待って。
まだ伝えてないことがある。
「待って…。」
「夕緋、大好きだよ。」
「待って、私も…!」
その時、強い風が吹き、桜の木が揺れて、散った花びらが空へ舞う。
恭介の姿も消えていた。
涙が頬を伝っていく。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。