※嘔吐描写に近い描写あり
※メンタル不調のお話
怯えていた。自分の愚かさと将来に。
許せなかった。少しでも怠けようとする自分が、何事も上手くやれない自分が。
目が覚めると寝汗に塗れていた。はっきりとは思い出せないが、なんだかものすごく胸糞の悪い光景を目にしていたような気がする。荒く走る息を何とか整え、身支度をして学校へ向かった。
足取りは重い。今日も失敗ができない一日が始まる。
最寄り駅に着いたところで、いつものように空えづきが始まった。吐くものはほとんど入っていない筈なのに、体からの拒否反応が起こる。胃が何かを吐き出そうと動き出す。隠しきれなくなった分はトイレに隠れて消化する。
「……え゛っ、おえ゛っ」
口元からは粘度の高い唾液が零れてくるだけだった。動悸が止まらない。ティッシュを取り出す手にも変に力が入り、カタカタと震えだす。
もうやめてくれ。
自分の体が自分じゃなくなるみたいだった。もしかしたらこれは自分の演技なんじゃないかとさえ思った。きっとそうだ。そうなんだ。私がこれを演じていると考えれば、全て辻褄が合うと思った。私は弱くない。私はおかしくなんかない。そのまま一本遅い電車に乗って学校へ向かった。
「あなたの名字さん、おはよう」
紅葉が散るのを背景に、幸村くんが声をかけてきた。
「おはよう」
最近やたらと話しかけてくるから、いつか私の愚かさがバレないかと冷や冷やしている。それに、私としゃべるだなんて彼の時間がもったいないだろうし、彼の輝かしさに押しつぶされてしまいそうになる。ただ、他の人を邪険に扱う理由もないので当たり障りのない返事をした。
「だいぶ冷え込んできたね」
「そうだね、季節の変わり目だから気をつけてね……って幸村くんに言ってもしょうがないよね。ごめん」
「はは、気を遣ってくれてるんだろう?謝ることはないよ」
「あ、ごめん」
私はまた謝って、それから少しだけ笑った。スクールバックを抱える手が震えている。
教室に着くと、私の緊張はピークになる。学校生活のすべてが評価される。上手くやらなければいけないというプレッシャーに押しつぶされそうになる。体が強張る。机の下で震える腕を必死になって抑えつける。
きっと酷い顔をしているのだろう、変な人だと思われているのだろう。いや、皆は優しいからそんなことを思わない。一瞬でも皆を疑った自分もすべて嫌いになった。
一日をどうにかやり過ごした後、放課後になる。私は鞄をほったらかしにしたまま女子トイレでえづく。人前で醜態をさらすわけにはいかないと授業中は必死になって耐えているから、その反動で動けなくなるのだ。
荒い呼吸を半分くらい落ち着けて教室に戻り、荷物を取って帰ろうとする。
「……!」
腹の底から込み上げる不安、後は家に帰るだけなのに足が動かない。思わず自分の机の近くにしゃがみこんでしまった。大丈夫、大丈夫だから。と念じるも効果はない。息がどんどん走り始める。焦れば焦るほど目の前が真っ白になる。
がらがら、扉が開く音がした。私は慌てて息を整える。結局七割も整えられていなかった気がするけど、それよりも早くここから立ち去らなくては。
「あれ、あなたの名字さんじゃないか」
「……幸村くん、どうしたの」
「ちょっと忘れ物を取りにね。それよりも、キミ顔色が悪いよ。大丈夫?」
彼は私のおでこに手を当てて熱を測ってくる。
「熱はないみたいだけど、最近元気なさそうだし心配してたんだ」
「だ、大丈夫だよ。ちょっと疲れてるだけ」
「手が震えてる。本当は大丈夫じゃないだろう。それとも、俺が怖いのかい?」
私は首をブンブンと横に振った。
「少しでいいから、話聞かせて」
「でも……どうしよう……」
「俺のお願い、聞いてくれない?……俺が部活から戻ってくるまでに決めておいて、話すか話さないか。話さないって決めたなら先に帰っていればいいし、話してくれるのなら家まで送る」
彼が教室を後にする。優しい言葉が私の頭をめぐる。
甘えていいのかな?引かれないのかな?とあれこれ考えているうちに時間がやってくる。話すなら内容をまとめておくべきだった、と後悔する隙もなかった。
――
公園のベンチに座って言葉を交わした。嫌なことを思い出して泣いたり、言葉に詰まったりしたけれど、私が抱えているものを多少なりとも吐き出すことができた。
「重たい話聞かせてごめん」
「大丈夫だよ、気にしないで。少しずつ前に進めばいいから、ね?」
彼は私の手をそっと両手で包み込んでくれた。温かかった。
終わり












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!