泣き出した私に焦るお兄ちゃん。
私達は今、誰もいない中庭に来ていた。
晒し者になっていた私を、お兄ちゃんが連れ出してくれたのだ。
あの後、マイクを借りて訂正してくれたお兄ちゃん。
『今のは嘘です!』
そう宣言するお兄ちゃんに、『嘘じゃないよー』と言い出すひぃくん。
物の言い方ってものをもう少し考えてもらいたい。
結局、おやすみのハグをしてるって事で話しは落ち着いた。
さすがに、毎日一緒に寝ているとは言えない。
『昔からハグしてるんです。俺も響と毎日してます』
そう言って、身体を張って実演までしてくれたお兄ちゃん。
その光景に、周りの女の子達からは歓喜の悲鳴が上がった。
それでもやっぱり、一部の女の子からは私に対しての反感の声が上がっていた。
訂正してくれたお兄ちゃんの言葉も、皆がどれだけ信じてくれたかはわからない。
(もしかしたら、誰も信じていないのかも……)
そう考えると、もう学校は辞めるしかないと思った。
反感を買い白い目を向けられ、好奇の視線を浴びる……。
そんな四面楚歌な状況を想像すると、恐ろしくて耐えられない。
身体を張ってくれたお兄ちゃんには申し訳ないけど、全然大丈夫なんかじゃない。
中々泣き止まない私を見て、困り果てたお兄ちゃんは小さく溜息を吐いた。
急に現実的な話をしだしたお兄ちゃんに、何も答えられない私は口を噤んだ。
(そんな正論言われたら何も言えないじゃないか……)
お兄ちゃんに説得され、渋々ながらに小さく頷く。
そう言って優しく頭を撫でてくれるお兄ちゃん。
(大体、私をこんな目に合わせた張本人は今何処にいるの?)
グズグズと涙を拭きながら、目の前のお兄ちゃんを見上げてそう訊ねてみる。
(告白……。告白されてるんだ……ひぃくん)
そんなの今に始まった事ではない。
昔からモテるひぃくんは、よく女の子に告白されていた。
(だけど……。何だろう、この胸のモヤモヤは)
今まで考えた事もなかったけど、いつかひぃくんにも彼女ができるのだろうか?
そう思うと何だか悲しい。
(幼なじみを取られる気がして寂しい……のかな)
何だかよくわからない。
もしかしたら、今会っている人と付き合ってしまうのかもしれない。
そう思うと、気になって気になって仕方がなかった。
何だかよくわからない胸のモヤモヤに、私は少し後悔した。
(……お兄ちゃんに聞くんじゃなかった。もう忘れよう)
そう思うと、涙を拭いた私はパッと笑顔を見せた。
私はそう答えると中庭を後にしたーー。
※※※
黙ってモグモグとお弁当を食べる私は、チラリと隣にいるひぃくんを見た。
お昼休憩になり、今私はお兄ちゃん達と一緒に中庭に来ているのだけど……。
(さっきの告白はどうなったんだろう?)
それが気になって仕方がなかった。
隣でニコニコしているひぃくんを見ると、いつもと変わらなく見える。
(聞いて……みようかな)
お弁当を食べる手を止めたひぃくんが、私を見て小首を傾げる。
少しだけ顔を俯かせると、チラリと様子を伺う。
すると、ピタッと固まったひぃくんが目を見開いた。
(え……な、何? 聞いちゃマズかったのかな)
瞳を小さく揺らし、プルプルと震える手を私に向けて伸ばしたひぃくん。
そのままガバッと私に抱きついたかと思うと、突然大声を上げた。
(どういうこと……? 私の質問はどこにいったの……?)
ギロリとひぃくんを睨むお兄ちゃん。
その声に振り向いたひぃくんは、嬉しそうに口を開く。
そう言ってニコニコと微笑むひぃくん。
私の腕を引っ張ってひぃくんから離したお兄ちゃんは、小さく溜息を吐くと口を開いた。
シレッとした顔をするお兄ちゃんは、自分の隣に私を座らせると再びお弁当を食べ始める。
(いや……。言ってないです、ひぃくん。私そんな事一言も言ってないよ……。そんな事より、私の質問はスルーですか? 結構勇気出して聞いたのにな……)
そう思うと、私はガックリと肩を落とした。
ーーー!?
ひぃくんの発した言葉で、私の顔には一気に熱が集中する。
そして見る見る内に真っ赤に染まってゆく私の顔。
まるで茹でダコのように真っ赤になってしまった私は、ひぃくんに向けて勢いよく声を出した。
(なんて事だ……。ひ、ひぃくんを好きだなんて……。そんな事あるわけない! 違う、絶対に違う……っ)
カーッと熱くなる顔に、自分でも動揺が隠せない。
確かにひぃくんの事は好き。
だけど、恋とかじゃない。
幼なじみとして好きなだけ。
大体、さっきだってひぃくんのせいで酷い目に合ったのだ。そんな人を好きになる訳がない。
そう自分に言い聞かせる。
ーーー!?
嬉しそうな声を上げ、いきなり飛び付いてきたひぃくん。
そんなひぃくんを支えきれなかった私の身体は、ゆっくりと後ろへ向かって傾いてゆく。
(えっ……ここ、ベンチ。落ちるっ!)
私はギュッと目を閉じると衝撃に備えた。
(あ、あれ……? 痛くない)
恐る恐る目を開くと、目の前にはひぃくんらしき胸板が。
背後から聞こえるお兄ちゃんの声。
どうやら私は、お兄ちゃんを下敷きにして倒れているらしい。
きっと、私を庇ってくれたのであろうお兄ちゃん。
上にはひぃくん、下にはお兄ちゃん。
(笑えない……。何このサンドイッチ)
(ごめんなさい……お兄ちゃん。私動けません。苦しくて声すら出せません……)
全く退く気のないひぃくんは、私の上で「かのーん。かのーん」と嬉しそうな声を出している。
(く……苦しいっ)
苦しさから少し顔を横へと動かしてみれば、中庭にいる生徒達が視界に映る。
三人で抱き合ったまま転がる私達。
そんな私達を見て驚く人、クスクスと笑う人……。
また私は、皆の前で醜態を晒してしまったらしい。
(……もう嫌。なんでいつもひぃくんてこうなの……っ。絶対にひぃくんを好きだなんて有り得ないよ……)
私の上で嬉しそうな声を出しながら揺れているひぃくん。
私はひぃくんに抱かれながら、苦しさに顔を歪めた。
(お願い、揺れないで……。苦しいし……恥ずかしいっ)
ーーその後、お兄ちゃんが無理矢理ひぃくんを退けるまでの間、私はずっと潰れた蛙のような呻き声を上げていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。