まるで独り言のように小さな声でそう呟くと、ガクガクと揺れていた身体がピタリと止まった。

キラキラと瞳を輝かせるひぃくんは、とても嬉しそうな顔で私を見つめる。

（またですか……忍法、涙隠しの術。あんなに流していた涙は何処（いずこ）へ……？）

目の前で嬉しそうに微笑むひぃくんを見て、目まぐるしく変わるその表情に顔面がヒクつく。

それまで黙って私達を見ていたお父さんは、そう言ってポンッとひぃくんの肩に手を乗せると嬉しそうに笑った。

（……えっ？！）

嬉しそうに話している姿を見て焦った私は、二人に向けて急いで口を開いた。

（えっ？！　私、言った？！　言ったの？！　自分でも気付かない内に……っ無意識に言ってしまったの？！）

パニックで混乱する私は、チラリとお母さん達に視線を向けてみる。
すると、その視線に気付いたお母さん達はニコリと優しく微笑んだ。

（えっ……。その笑顔の意味は……？　やっぱり……私は、言ってしまったの？　結婚するって……）

お母さん達の笑顔に益々混乱して呆然とする。

その隙に、再び私の右手にボールペンを握らせたひぃくん。

フニャッと笑って小首を傾げるひぃくん。

そんな姿を見て、思いっきり顔面を痙攣らせた私。

（いや……ちょっと待って……。や、やっぱり言ってないっ！　…… 私、結婚するなんて言ってないからーっ！）

今にも泣き出してしまいそうな情けない顔の私は、一縷（いちる）の望みをかけてお兄ちゃんの方を見た。

（お願いっ……お兄ちゃん。私を見捨てないで……っ）

この場で唯一頼れる存在だと思われるお兄ちゃんを見つめ、瞳を潤ませながら心の中で懇願する。

ソファに座って呆れながらこの光景を眺めていたお兄ちゃんは、そんな私を見て大きな溜息を吐くと口を開いた。

ーーー！


（お兄ちゃんっ……！　私を見捨てた訳じゃなかったのね……っ？！）

お兄ちゃんに見捨てられたと思っていた私は、目の前のお兄ちゃんを見て喜びに小さく身体を震わせる。

ガバッと勢いよく立ち上がった私は、そのままお兄ちゃんへ向かって走り寄るとギュッと抱きついた。

泣きそうな顔をしながら喜ぶ私を見て、呆れながらも優しく抱きとめてくれたお兄ちゃん。

（っ……やっぱり、私の味方はお兄ちゃんだけだよ。これからもずっとずっと、私の味方でいてね）

そんな事を思いながら、フフッと小さく微笑む。
そんな私をすぐ近くで見ていた彩奈は、クスッと小さな笑い声を漏らした。

ーーー？！


突然ヌッと私の顔を覗き込んできたひぃくんは、私と目線を合わせると小首を傾げてフニャッと微笑む。

（ビッ、ビックリした……）

いきなりのドアップとか、心臓に悪いから辞めて欲しい。

目の前でニコニコと幸せそうに微笑むひぃくんを見て、何だか嫌な予感がした私は無意識にお兄ちゃんの服をキュッと握りしめる。

（怖いよひぃくん……。何だか凄く怖い、その笑顔……）

そう告げると私の目の前でニコッと笑ってみせたひぃくん。

（この人は一体、何を言っているの……？）

さっきのお兄ちゃんの言葉、本当にちゃんと聞いていたのだろうか？
何をどう聞き間違えたらそんな解釈になるっていうのだ。

目の前にいるひぃくんを見つめ、私は思いっきり顔を痙攣らせた。

（まっ……負けないんだから……。そう、今の私にはお兄ちゃんがついている。ひぃくんになんて……絶対に負けないんだからっ！）

そんな事を思った私は、気持ちを立て直すと目の前のひぃくんをキッと睨みつけた。

私の顔を見てそんな事を言ったひぃくんは、ユラユラと揺れてとても嬉しそうに微笑む。

私は見つめているのではなく睨んでいるのだ。
そんな事ですら、今のひぃくんには伝わらないのだろうか……。

（ダメだ……。私じゃやっぱり、敵わないかもしれない……）

ニコニコと嬉しそうに微笑むひぃくんを見て気持ちで負けてしまった私は、ヒクリと口元を痙攣らせた。

そんな私達のやり取りを黙って見ていたお兄ちゃんは、突然ひぃくんの肩をガシッと掴むと後ろへ押し退けた。

ニコニコと微笑むひぃくんを見て、呆れたような顔をして小さく溜息を吐くお兄ちゃん。

そう言ってフニャッと笑って小首を傾げるひぃくん。

目の前で呑気に微笑んでいるひぃくんを見て、お兄ちゃんは呆れた顔のまま溜息まじりにそう小さく呟く。

そう言ってハハハと豪快に笑うお父さん。

ウンザリした顔でそう呟いたお兄ちゃんは、もはや戦意喪失気味に見える。

それもそうだ。
ひぃくんもお父さんも、全く話が通じないのだ。

こんな二人を相手に、どう対抗すれば良いというのか……。私だってわからない。

でも、ちゃんと話して説得するしかないのだ。

だって私は、高校生で結婚だなんてーーそんなことはしたくないから。

（またひぃくんが大泣きしちゃったらどうしよう……）

そんな事を考えてビクビクとしながらも、目の前のひぃくんに向かってハッキリとそう宣言する。

ニコッと微笑んだひぃくんは、そう言うと私の頬をツンッと突（つつ）いた。

目の前でニコニコと微笑むひぃくんを見て、あまりの話しの通じなさに徐々に顔面蒼白になってきた私の顔。

そんな事を言って、ハハハと豪快に笑うお父さん。

（……だから、違うってば。さっきから何言ってるの？　この二人……）

そんな二人の姿を見てドン引きする私は、真っ青な顔をしたまま大声を上げた。

突然の大声にキョトンとした顔を見せたひぃくんは、フニャッと笑うと口を開いた。

ーーー？！！！


ひぃくんの放った言葉に、硬直した私の顔面がピクリと痙攣る。

（私が一体……いつ、エッチの話しをしたっていうの……？　それじゃまるで、私が性欲マシンの変態みたいじゃない……っ。……なんて事言うのよ。ひぃくんのバカ……っ）

私の目の前で呑気にニコニコと微笑んでいるひぃくん。

（私にはもうっ……ひぃくんの思考が全く解らないよ……）

今にも泣き出しそうな顔をすると、私は目の前のひぃくんに向けて口を開いた。

そんな暴言を吐きまくると、羞恥に耐えかねてお兄ちゃんの胸に顔を埋（うず）める。

ーーー？！！


そんな私をお兄ちゃんごと抱きしめたひぃくん。

（あぁ……また、デジャヴが……）

身体が傾く中、そんな事を思った私。

そのままゆっくりと倒れると、気付けばソファの上でサンドイッチ状態の私達。

私の下にはお兄ちゃん、上にはひぃくん。

重くて死にそうだから……本当に辞めて頂きたい。

私の上で身体を揺らしながら、「かのーんっ。かのーんっ」と嬉しそうな声を上げるひぃくん。

（やっ……やめて……。お願い、揺れないでっ。……っひぃくんのバカ……！　変態……っ！！）

苦しさに呻き声を上げるだけの私は、心の中で何度もひぃくんを変態と罵（ののし）る。 

私は苦しさと羞恥心から顔を真っ赤に染め上げながらも、私の上で揺れているひぃくんの体温を背中越しに静かに感じた。

その温もりが何故かとても優しく感じたのはーー私の気のせいなのだろうか。



……やっぱりひぃくんはちょっと変。

いつだってこうして私は振り回されるのだ。
それはきっと、これからも変わらないと思う。

そんなひぃくんの事を、時には嫌だなんて思ったりする事もある。


でも、やっぱり私はーー。
どうしようもない程に、ひぃくんに惚れているんだと思う。


だってそのたびに私は……。





何度だって、また君に恋をしちゃうんだからーー。








♡本編♡ーーー完ーーー
 


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