ーーードサッ
床に転がり落ちた俺は、瞼を瞬かせるとぶつけた肩を摩りながらゆっくりと上半身を起こした。
今しがた自分が寝ていたのであろうベッドを眺め、ポツリと小さな声を漏らす。
グシャリと雑に前髪を掴むと、ドクドクと早鐘を打つ胸にそっと手を当ててみる。
それは普段と比べると尋常じゃないぐらいの速さで、余程の動揺があったのだと自分でもわかる。
(夢で良かった……)
そう思うと安堵から大きく溜息を吐いた。
そのまま暫く床に座ったまま気分を落ち着かせると、平常心を取り戻した俺はふらりと立ち上がるとリビングへと向かった。
ーーーカチャッ
扉を開けるとそこには花音と響がいて、普段と変わらない光景にホッと安堵の息を吐く。
俺は空のグラスにジュースを注ぐと、二人のいるリビングまで行きソファに腰を下ろして上から二人の姿を眺めた。
床に広げた幾つかのパンフレットを眺め、床に座った花音と響が何やら楽しそうに話している。
どうやら、高校卒業祝いとホワイトデーを兼ねて何処かに遊びに行く計画を立てているようだ。
(……お前を警戒してるんだよ。泊まりになるデートなんて、花音が行く訳ないだろ? そんな事したらすぐお前に食われるだろ。……花音だってそのぐらい気付いてるんだよ、アホ)
二人の会話を黙って見守る俺は、そんな事を思いながらジュースを口にする。
ヘラッと笑った響は、そう言うと小首を傾げて花音を見つめる。
(だから、行く訳ないだろ……バカ響)
必死に花音を口説き落とそうとする響を見て、フッと鼻で笑った俺は再びジュースを口に入れた。
ーーー?!! ブーッ!!
(嘘だろっ?! 何考えてるんだよ、花音っ!! あの夢はまさか……っ正夢になるのか……?!)
足元でワーワーと騒ぎ出す二人を見て、俺は口元のジュースを拭うと花音の肩をガシッと掴んだ。
俺の言葉に一瞬驚いた顔を見せた花音は、その顔を真っ赤に染めあげると口を開いた。
ポカポカと俺を殴りながら、そう言って怒り出した花音。
(変態ってなんだよ……。俺はただ、お前を心配して……)
俺を見てニッコリと微笑んだ響は、ティッシュを数枚取り出すと花音に飛び散ったジュースを拭き始めた。
その姿は何だかやたらとご機嫌そうで……。
今にも鼻歌が聴こえてきそうだ。
未だ真っ赤な顔のまま怒っている花音に視線を移すと、俺は先程見た夢を思い出して真っ青になった。
(何でそんなにバカなんだよ……花音。泊まりってどういう事か、解ってるのか……?)
真っ赤になって怒る花音の頭を優しく撫でながら、呆然とする俺を見てニッコリと笑った響。
(響なんかに簡単に騙されるなよ……。お前……USOなんか行ったら、絶対に食われるぞ。解ってるのか……? 正夢になったらどうするんだよ……っ。あんなお前の泣き顔、俺は見たくないんだよ……っ!)
響の腕の中で未だプンプンと怒り続けている花音を見つめ、なんでこんなにバカなんだと愕然とする。
それでも、花音の事が可愛くて心配で放っておけない俺はーー
その後、何時間にも渡ってUSO旅行計画を潰す為に尽力を注いだのだったーー。
ーー完ーー
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!