第31話

君とハッピーバレンタイン パート3
98
2020/06/14 08:46





ーーバレンタイン当日。

人もまばらになった放課後の教室で、彩奈の席の前で立ち止まった私は、一度小さく息を吐くと彩奈に向かって声を掛けた。
花音
花音
ーー彩奈
私の声に反応してゆっくりと顔を上げた彩奈。
心なしか、その表情は少し緊張して見える。

机の横に掛けられた紙袋をチラリと見ると、彩奈に向けて優しく微笑む。
花音
花音
今から……渡しに行くんだよね?
彩奈
彩奈
……うん
やはり緊張しているのか、彩奈はぎこちない笑顔を作ると小さく頷いた。
花音
花音
そっか……。頑張ってね、彩奈
彩奈
彩奈
うん。ありがとう
そう言ってニッコリと微笑んだ彩奈。

結局、私が彩奈にしてあげられる事といったら、こうして「頑張れ」と声を掛けてあげる事以外に何もないのだ。

(あとは、お兄ちゃんと彩奈が上手くいくように祈るだけ……)

目の前で可愛らしく微笑む彩奈を見て、心の中でそんな風に思う。
響
ーーかのーんっ
ーーー!?


突然ガバッと後ろから抱きしめられ、驚いた私はビクリと肩を揺らした。

背後からほのかに香る心地よい匂いに小さく安堵の息を漏らすと、振り返りざまに口を開く。
花音
花音
……っもう。ひぃくん、驚かさないで
響
ごめんねー
フニャッと笑って小首を傾げたひぃくんは、頬を膨らませて怒る私を見てクスクスと小さく声を漏らす。
響
まだ帰らないの? 早く花音のチョコ貰いたいなー
帰宅してから渡すと、予め伝えてある私のチョコ。
それが余程楽しみなのか、ひぃくんはニコニコと微笑みながら私の顔を覗き込む。
花音
花音
うん。……もう少しだけ待ってて、ひぃくん
響
うんっ
私の言葉にニッコリと笑って答えたひぃくん。

何も協力ができないなら、せめてお兄ちゃんのところへ行く彩奈を送り出してから帰りたい。

(きっと、今の彩奈は不安と緊張で一杯だろうから……)

ゴソゴソと紙袋を漁りだした彩奈を横目に、そんな事を思う。

紙袋から綺麗にラッピングされたチョコを取り出すと、それをひぃくんの目の前へ差し出した彩奈。
彩奈
彩奈
ーーはい響さん、義理チョコ。花音にあげたのとは味違いだから、花音と半分こにしてあげてね
響
うんっ。ありがとー
堂々と『義理チョコ』だと宣言する彩奈からチョコを受け取ると、私に向かって「半分コにしようねー」と言ってフニャッと微笑むひぃくん。
花音
花音
あっ……う、うん。そうだね……
それどころではなかった私は、チラチラと彩奈を見ながら適当な相槌を打つ。

そんな私の視線を辿って彩奈を見たひぃくんは、ニッコリと微笑むと口を開いた。
響
翔なら、まだ教室にいたよ?
彩奈
彩奈
……えっ?
ひぃくんの発した言葉に、少しだけ瞳を大きく開かせて驚く彩奈。

紙袋からチラリと見える、ひぃくんの物とは明らかに違う豪華なラッピングのチョコ。
それを指差したひぃくんは、小首を傾げるとニコッと笑った。
響
……それ、翔にあげるんでしょ?
彩奈
彩奈
えっ?!……あっ、うん
響
まだ教室にいると思うよ?
少しばかり動揺を見せる彩奈に対して、いつもの様にニコニコと笑顔のまま話し続けるひぃくん。
響
大丈夫だよ。渡しておいで?
その言葉に、カーッと一瞬にして頬を赤らめた彩奈。

一度俯く素ぶりを見せると、すぐにパッと顔を上げてニッコリと微笑む。
彩奈
彩奈
……うんっ。ありがとう
(……えっ? ひぃくん、もしかして……。気付いて、るの? 彩奈の気持ち……)

間近で二人のやり取りを見ていた私は、驚きに見開かれた瞳でひぃくんを見上げる。
彩奈
彩奈
私……。行ってくるね、花音
花音
花音
……えっ?! あっ……う、うんっ! 頑張ってね、彩奈っ!
彩奈の声に反応した私は勢いよくその視線を彩奈の方へと移すと、勇気づけるようにして元気いっぱいの笑顔を向ける。
響
行ってらっしゃーい
私の横で、呑気な声を出してヒラヒラと手を振るひぃくん。

(やっぱり……気付いてる訳ないよね)

ニコニコと呑気に笑うひぃくんを見てそんな事を思う。
彩奈
彩奈
じゃあ……またね。後で報告するね
花音
花音
うん。また後でね
小さく手を振る私に向かって一度手を振り返した彩奈は、少し照れたようにはにかむとクルリと背を向けて歩き出す。

その後ろ姿に向かって、小さく手を振り続ける。
花音
花音
頑張れ……彩奈
私の口から、そんな言葉がポツリと小さく溢れた。

(大丈夫かな、彩奈……。お兄ちゃん、彩奈の事よろしくね)
響
翔なら大丈夫だよ。ちゃんと大切に思ってるから、彩奈ちゃんの事
花音
花音
……へっ?!
(……えっ? な、何……?! ひぃくん……やっぱり、気付いてる……の……? 彩奈の気持ち……。し、知ってるの?! お兄ちゃんなら大丈夫って、どういう事っ?! 大切に思ってるって……どういう意味っ?!)

驚きに見開かれた瞳で隣に立つひぃくんを見上げる。

相変わらずニコニコと呑気に微笑んでいるひぃくんからは、その真意は全く読み解く事ができない。
花音
花音
……だっ、大丈夫って……何が?! 何が大丈夫なの?!
(一体、ひぃくんは何を知っているというの?!)

焦る私を見て、ニッコリと微笑んだひぃくん。
響
花音、早く帰ろう? 花音のチョコ楽しみだなー


ーーー?!!


(……えっ?!! こっ、ここでまさかの、ドスルーなのっっ?!! 一体、何が大丈夫だっていうの?! ……ねぇ、ひぃくんっ! スルーなの?! そうなのっ?! 私の質問は、ドスルーなんですかっ……?!)

ひぃくんを見つめたまま、プルプルと震えて立ち尽くす。

そんな私を見てニコッと笑ったひぃくんは、ルンルンと上機嫌な様子で私の鞄を取り上げると、そのまま私の手を取って教室を後にする。

その後、何度か同じ質問をしてみるものの、もはやチョコの事しか頭にないひぃくん。

「花音のチョコ楽しみだなー」と何度も呪文のように告げるひぃくんの横で、私は一人悶々としながら帰宅するしかなかったのだったーー。



プリ小説オーディオドラマ