第57話

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2021/03/21 15:00




駅までの道のりは約10分。
その間も一成は、


「 リュック重たいだろ?俺が背負ってやろうか? 」


とか



「 もう寒くない?おでん買って来てやろうか? 」


とか


「 今日のお昼は学食で何食べる?名前の好きなものにしようか 」



とか


「 帰りにカフェに行かない?ごちそうするから 」


とか

「 もっと近くにおいで?俺の熱、わけてあげる 」



とか…









ありとあらゆる甘く優しい言葉をかけて来た。





それは全部、一成にまだ未練がある私にとっては嬉しい言葉達。でも、どこか違うの

何か、変なの



私に向けられた言葉じゃないみたいで…
一成の心に浮かんだ言葉じゃないみたいで…





そう、どこかの雑誌や漫画や、ツイッターなんかで拾い出して来た、誰かが作った言葉みたいなの





やっぱり…私の事を口説いてる
ううん、違う



「 私 」を口説いてなんていない
きっと… 一成は















私を使って練習してるの




緊張のカケラももういらない元カノの私を使って、本当に口説きたい、彼の理想の女の子の前で失敗しないように…







ひょっとしたら昨日の「 発情期だからヤらせて 」っていうのも、私を練習台にしようとしたの?
もう仕留めた素敵な女性を前に、上手に出来るように…





そう考えると… すごくしっくりくる



だって、一成だもん
あんなにかっこいい一成だもん


そもそも私なんかに発情期を覚えるはずないもの…

























そっか。













そうだよ。



















だから今、こうやって一成は… 昨日の事なんて何もなかったかのように接しているんだ。




私の気持ちは見たこともない場所まで一気に急降下していった。
あと少しでもう、二度と這い上がれない、そんな場所まで。





一成の言葉に相槌を打つくらいしか出来ないままに地下鉄の改札を抜けて、ホームへの道を歩いて行く。



通勤客や通学客がチラホラとホーム上を歩く中、一成に身体ごと引き摺られるように歩いて、いつも電車に乗っている5番の乗り場で立ち止まって。ふっと首を横に向けたら





あ、この映画… 見たかったやつだ






漫画が原作の恋愛映画は、ストーリーそのものが大好きで。
それだけじゃなくて、ヒロイン役の女の子がとっても可愛いから、テレビで映画の制作発表を見た時からずっと見たいなって思っていたの。






一成も映画は好きだけど、彼はアクションかファンタジーしか見ないから、






今までも何度かラブストーリーの映画を観ようって誘ったけど一度だってそれを叶えてくれることはなくて。結局2人で映画館に行っても、一成が好きな映画を観ていた。
だからこの映画を観ようって誘っても、断られるってわかってるもの…
初めから誘うつもりもなかった。







でも、一成は


「 あなた、この映画が観たいの?今度の日曜に観に行く? 」



って。


それも女の子をデートに誘うための練習なの?







練習なんて必要ないよ?
だって一成だもん
どんな女の子だって首を縦に振ってくれるよ?


一成は… 私じゃない女の子とはラブストーリーも観るんだね。







「 ううん、行かない
別の人と行くから 」













「 別の人?
それって男? 」


「 一成には…関係ないよ 」








肩に触れていた彼の手はストンッと宙に落ちて。さっきまでのパーフェクトスマイルはどこへ置いて来たのか、眉を釣り上げて、どこからどう見ても怒っている、そんなお顔で




「 関係ないって… 関係あるに決まってんだろ…
誰?最近よく喋ってるやつ?
まさか… やっぱりあの話は本当だったのか? 」



「 あの話? 」


一成は私の質問には答えてくれなくて。
代わりにホームには列車の到着を知らせる音楽が鳴り響いた。






列車が滑り込むと、ホームに冷たい風がぶわぁって入って来る。私よりずっと寒がりな一成は、ワンちゃんが水をはらう時みたいに背中をぶるるっと震わせると、ふいっとお顔をそらして開いた扉へと進んでしまった。



私も乗らなきゃ

って急いで同じ車両に飛び乗った。でも、奥の扉に近い手すりにつかまっている一成には近寄り難くて… そのまま手近の手すりに手を乗せた。








電車の中は程よく混み合っているけれど、誰も彼もが他人同士なのか言葉を交わすことはない。
私達はいつもそばで寄り添って、周りに迷惑にならない程度の声量でおしゃべりしていた。ずっと喋りっぱなしではないけど、寂しくならない程度には。


もちろん、今は一言だって…












一成は身体だけは私の方を向いているけど、お顔はそっぽを向いている。いつもならすぐにポッケからスマホを取り出してアプリのゲームを始めるのに、今日はただぼーっとしたまま。でも、何かを見つけたのかハッとしたような表情をして。



長い脚をスッと前へ進めた。





もちろん行き先は私の所ではなくて…






誰?あの人…
一成、あんな綺麗な人とお知り合いだったの?






長いシートの向こう側の手すりに佇むのは、すらりと背が高くて大人っぽくて、セクシーなショートヘアの女性。スマートなのに胸は大きくて… 一成と同じモノトーンでまとめたファッションは、シンプルなのにスタイリッシュ。むしろ色っぽい。


一成が好きな、「 巨乳でセクシーで年上の女の子 」そのものって感じで…





胸がぎゅぅって締め付けられて、瞼の奥がじんわり熱くなった。



散々泣いたのに
もう瞼もボロボロなのに
それなのに、まだ涙が出てしまうの?




そういえば一成、私の瞼が腫れてることに全く触れなかった。きっと、私のお顔なんて見てるようで見てなかったんだ…






電車の中でなんて絶対に泣きたくない
それに、一成に気が付かれたくない



だからギュって瞼に力を入れて、涙を必死に耐えた。





そんな私の努力を他所に、一成は綺麗な女の子と楽しそうにお話してる。
私が好きにはなれない、キラキラで、完璧な王子様みたいな笑顔で…





















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