「何で、逃げるんだよッ……」
息が、止まるかと。思った。
怒っているだろうと身を小さくすれば、その声に滲むのは──切望だ。
確かに怒気も含まれている。
だが、それだけじゃない。
「俺がまたッ、お前の気に入らないことをしたのかよ!」
目を見開く。
違う。
そうじゃない。
首を横に振れば、「じゃあ何でだよ」と呟かれる。
自分の感情を持て余し、困惑した表情のギルバートに、私は。
答えることができない。
ギルバートに、いつかあの命令をしてしまうかもしれないことも。
ギルバートに憎まれることも。
ギルバートに自分が殺されてしまうかもしれないことも。
何もかも、怖くて。
「また隠し事か…!」
ぎゅ、と唇を引き結ぶ。
「お前は……ッ、ッ! 俺は! お前のことを……ッ」
目をカッと見開いて。
ギルバートが、私に。
「友達に、なれたと……! ようやく仲良くなれたと思っていたのに!」
それは勘違いだったのかよ、と狼狽した様子で続けた。
ひゅ、と。
私の喉が鳴る。
──私には、仲間がいない。
親も兄も、私を嫌い、私の居場所はない。騎士だって、ドランバーグ家の私を憎く思っている筈だ。
夜狼のあいつらは胡散臭くて信用ならない。
私にとって信頼できるのは。
いつ解雇されてもおかしくない、したっぱメイドのメリーと。
月に一度程度しか会えない、メリーの弟、ルカだけだ。
この二人だって、確実に信頼できるかはわからない。
だけど……私が信じたいと願った。
そうでも思わないと……心の支えがない私は、どこかで壊れてしまいそうで。
レベッカやヒロイン、ヒーローたちと違って。
私は弱いから。強くはなれないから。
「私と……友達?」
アホみたいにオウム返し。
この10ヶ月。10ヶ月である。
ライバルとして互いに切磋琢磨したつもりであるし、私は。ギルバートを。
「あぁ」
鍛練の時をはじめ、ぶっきらぼうで乱暴で思い込みが激しくて。
その上ファザコンで、剣バカで、負けん気が強くて。レディーファーストなんて言葉も知らないような、バカ。甘いものは、嫌いでなかったようであるが、私は彼のことをさほど知らない。
長い時間を共に過ごしながら。
やはり内心、意図的に一線を引いていた。
だって彼はまず間違いなくヒロインの味方だ。
彼はヒーローの一人なのだから。
だから……私の敵だ。
でも、それでも。
ギルバートからの気持ちを聞いて、望んでしまった。
その二文字の関係が、あまりにも魅力的に思えて。
突如現れた仲間の存在に、例えそれが今だけのものであったとしても。
欲しい、と──
「私を貴方の友達にしてくれるの?」
思わず、すがるような声が出た。
「あぁ、勿論ッーーッ」
ギルバートが答える。
そして、私を正面から見据えて……固まった。
「……レベッカ?」
私の頬を、とめどなく濡らす涙は。
「ぜんぶぜーんぶ、あんたのせいよっ!」
ギルバートに、思いきり、頭突きを見舞ってやった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。