第35話
激痛と後悔
ギルバートの戸惑うような視線。
今、私は何を──
目をやれば、敵が倒れている。
傷つけることなく、失神のみさせたその手腕は我ながら見事なものだ。
だが。
おかしい。
こんなのが、私の実力なわけがない。
その証拠に、あり得ないほど体が痛む。
成長途中で一年ほどしか剣に馴染んでいない私が、意識の赴くままに無理矢理体を動かしたのだろう。
ひどい激痛に体が痺れた。
自分が持っている剣が恐ろしく思えた。
──そういえば。
こんな風に強くなってしまって大丈夫なんだろうか。
これはレベッカの眠れる才能であることは明白だ。
このままこの剣の才能を開花させたとして。
追放後の仕事に使うのではなく。
ヒロインやヒーローたち…ギルバートを。
傷つけるようになってしまったら。
脳裏に、血濡れた自分が、メインキャラクターたちの屍の上で高笑いする情景が浮かんだ。
今更ながらその可能性に思い当たり、吐き気を覚えた。
誰かを傷つけたくて、剣を握ったわけではないのに。
「…嫌っ」
剣を落とした。
からん、と乾いた音が響く。
「レベッカ!? 何をしている!?」
私が倒した男たちを乗り越えて、新たな敵が迫ってくる。
「嫌……戦えない」
激痛と、後悔。そのどちらもが私を責め立てた。
「失礼」
「……ぁ」
ザルクに抱えあげられる。
厚い胸板を間近に感じ、パニックが少し和らいだ。
「くそ、引くぞ! 数が多すぎる! おかしい! こいつら、こんなに多くもなかったし武器もなかったはずなのに! ジェイムズ! 小僧を抱えてやれ!」
確かにおかしい。
夜狼と長年争ってきたのだから、同程度の規模だったはずだ。
なのに、なぜこんなにも多い?
なぜ武器が尽きない?
何のための抗争だ?
「……! まさか!」
ある可能性に気づき、体が硬直する。
そんな私をエドガーがやわらかく微笑んだ。
「しこんだ甲斐があるな。お前も気づいたか。……本当は、もう少し成長を待つ予定だったが。ジェイムズ、お前を『仮番長』に任命する。レベッカが12歳になったら『番長』に任命してくれ」
……私が、番長?
どういう、こと?
なんでそんな、こんなときに突然──
あ。
そうだ。
今から私たちは『逃げる』のだ。
こんな数の敵から逃げるのは容易ではない。
だとすれば、敵を引き付けておく人が必要だろう。
つまり、『囮』だ。
「ーーーーーっ!」
理解の後に、私は必死でザルクから降りようともがく。
だけど、ザルクは私を離さない。
「行け……大丈夫だ、俺も後から追いかける」
嘘だ。そんなことできるわけがない。
できないってわかっているから! さっきジェイムズを『仮番長』に任命したんだ!
「嫌! 嫌! そんなこと許さない! 私も一緒に残る!」
ザルクと、ギルバートを抱えたジェイムズが地面を蹴って走り出す。
行きと違うのは──エドガーが、いないこと。
段々喧騒が小さくなっていく。
それは、戦いの場所から離れているからか、それとも。
戦いが終わったからか。
「うわああああああああああああああああああああああああ」
涙でぐちゃぐちゃの視界では、何がどうなっているのかわからなかった。