──
「……これで、いいのか」
「ギルバート」
「……これで、いいのですか」
妖艶な雰囲気を纏う女性は、頭を垂れる騎士を見下ろす。
紫の騎士、ギルバート。彼はその顔の良さを気に入られ、長い間多少の不敬も許されて、レベッカの護衛を勤めていた。
震える彼の声には怒りと憎しみが滲んでいる。
それを愉快だと高らかに笑うレベッカは、まさしく極悪非道の悪役令嬢。
けばけばしいメイク、豪奢なドレスに身を包み、税を尽くした生活を送る彼女は、その鋭い硝子のように整った顔をギルバートへと向ける。
幼さはすでに消え、逞しい男となったギルバートだが、彼の首に刻まれているのは奴隷の印。
ギルバートはレベッカに抵抗することができないようにされていたし、レベッカの命令は絶対だった。
そう、例え、その命令が──
「これであなたは大量殺人鬼ね。あぁ愉快だわ」
人殺しであったと、しても。
「ーーッッ!!」
憤怒に染まった表情で、拳をいくら固く握ろうとも、レベッカには届かない。
ただ、側を転がる、大量の騎士の首に。
同僚や先輩や──父親の、首に。
自分が殺した、彼らに。
レベッカへの復讐を強く強く誓った。
──
「ぎょえええええええええええ!」
「お目覚めですか、お嬢様」
朝。私は、最悪の目覚めを経験した。
ヒーローの一人であるギルバートに近づいてしまった報いか。
前世で読んだこの小説の夢を見てしまったのだ。
それで、忘れかけていたことに気づかされた。
私はこの小説の『悪役令嬢』レベッカ。
小説本編では語られなかったが、ギルバートのこの恨みよう。
「これ、追放された後に私殺されたりするんじゃないの?」
たらーり、と嫌な汗が吹き出す。
そうだ。
だから極力、私は関わらないようにしようと思っていたではないか。
でも、楽しすぎたのである。
初めは…いや、今だって生意気だと思っているが、一緒に剣を振っていれば、仲間意識も芽生えた。
「……それと」
自分の性格が変わってきている。
世界が、ストーリーを改編しようとする私を阻むように。
時折疼く激情に流されれば、私は物語の中のレベッカと同じ行動をとる。
癇癪持ちで気に入らないものは死を持って制し、欲しいものは手にいれる。
極悪非道の彼女になれば、私はきっと。
ギルバートに命じるのだろう。
奴隷の印を刻まれ、幼い頃からレベッカに拘束された少年に。
『お前の大切な騎士たちを殺せ』と──
既に平民は気に入らぬと放り出されていたザルクを除いて。
彼は、大切な人達に。
『逃げて』と叫びながら剣を振るうしかないのだ。
レベッカへの復讐のために鍛えていた剣のせいで。
強くなりすぎた彼は、全員に勝ってしまうのだから。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!