振り向かなくたって誰だか分かるその声を聞いて、ようやく落ち着きを取り戻したはずの心は一瞬にして騒めき、不安定に揺れ動く。
それは彼が私の名前を呼んだせいなのか、はたまた自分の家じゃないマンションから出てきたところを見られたせいなのかは分からない。
どちらにしても後ろを振り向けないまま、背を向けて立っていることしかできないことが情けなくて仕方なかった。
そんな私の複雑な思いを全部なぎ払って、笑顔で肩を二回、トントンとリズムよく触れてきたのはジミンだった。
私のことを何も知らない______……ジミンだ。
私の家がどこなのかも、お酒が弱いことも知らない彼に、 ましてや人生で初めて朝帰りをしたことさえ追求してはこないであろう彼に、何かを期待したらダメだということはもう充分に分かっている。
『私のことが分かる?』って、『なんで声をかけてくれたの?』って聞くことが愚問だということは分かっている。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!