第8話

アンフィトリテの涙(2)
651
2019/03/10 06:27
私の変装準備も終わり、面影さんの運転で出発。

15分ぐらい走ったところでようやく、
それっぽい看板をかかげた建物が見えてきた。

サト
サト
たぶんあれかな?
皇太郎
皇太郎
ああ、今回の目的地
桜谷さくらだに百貨店だ


桜谷さくらだに百貨店。

“東京郊外のとある駅” の近くにある
割と老舗しにせで人気なデパートで、
地下1階から7階まで
色んな売り場が並んでいるんだって。

まぁ私は行くの初めてだから、
王子や面影さんから聞いた情報しか
知らないんだけどね。



面影さんがデパートの近くの駐車場に車を止める。

さっそくシートベルトを外そうとしたところ、
王子が私のことを呼び止めた

皇太郎
皇太郎
おい、
さっき言ったこと覚えてるか?
サト
サト
覚えてるよ!

私たち3人は
“家族” なんでしょ?

といっても、
もちろん本当の “家族” ってわけじゃなく
潜入のための “家族設定” なんだけどね。



ちなみに王子が考えてきたっていう今日の設定を、
ざっくり説明するとこんな感じ。



◆◆
学校も休みの日曜日。

おじいちゃん(=面影さん)は、
桜谷さくらだに百貨店で開催中の
特別展イベントに行きたいと思いました。

でも1人で行くのはちょっとさみしい。

だから同居している孫たちを誘ったところ
小学5年生のサトルくん(=私)は
「デパート?
 おいしいもの食べれるなら行くよ!」
とよろこんで手をあげました。

高校生2年生のお姉ちゃん(=王子)は
あまり乗り気じゃなかったけど、
サトルが行くと言い出したのを聞いて
「サトルがおじいちゃんを困らせそうだから」
と心配して一緒に行くことに。

そして3人は、おじいちゃんの運転する車で
桜谷さくらだに百貨店へとやって来たのでした。
◆◆




うちはずっとお母さんと2人で
お母さん以外の家族って知らないから、

なんか……とっても不思議な気分なんだよね。



皇太郎
皇太郎
あと言葉づかいも気をつけろよ

お前はこれから
男の子になるんだぞ?
サト
サト
心配性だなー
だいじょぶだって
皇太郎
皇太郎
ほんとかよ……
「信じらんねぇよ」って顔の王子。
サト
サト
私だって
やるときゃやるの!

ほら、早く行こー
皇太郎
皇太郎
はいはい


桜谷さくらだに百貨店までは歩いてすぐ。

何やら小声で話している王子と面影さんから
はぐれてしまわないよう
2人の後ろにくっついて歩き、
正面玄関からデパートの中に入る。


すると店内は、
おそろしいぐらい大量のお客さんで
混みまくっていた。

サト
サト
うわぁ、
すっごく混んでる!
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
そうかなぁ、
これぐらい混んでても
土日祝なら当たり前だと思うけど
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
ね、おじいちゃん?
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
うむ、
ワシもそう思うぞ!
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
だよねぇ!

おぉーっ!
さっきまでと別人みたい!


王子は
美少女オーラを完全に消して
どこにでもいる
フツーの女子高生って感じだし、

面影さんも
いつもの渋い色気が無くなって
ただの優しそうな
おじいちゃんにしか見えないし、
2人とも演技うまいなぁ。



私……いや “ぼく” も、
気合い入れてがんばらなきゃだねっ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



それにしても東京はどこも人が多い。


私、数週間前まで
鳥取県鳥取市在住だったんだよ?

鳥取と言えば ”日本一人口が少ない県” だよ?



鳥取市だと
ここまで人がいっぱい集まるのは、
すっごく特別なイベントの時だけな気がする。


例えば、
鳥取市の最大イベントで
年に1度だけの夏の風物詩でもある
“しゃんしゃん祭り” の時とか!

しゃんしゃん祭りは
鳥取市民にとって特別だし
ほとんどみんな参加するのが当たり前だよね?

毎年行くたびに、
クラスメイトも近所の人も、知ってる人は全員
お祭り会場のどこかで見かける気がするもん!


だけど東京はそうじゃなくて、
いつでもどこでも街のあちこちが人間だらけ。

鳥取人の感覚からすると
ずっとお祭りやイベントやってるのかなって
思いそうになっちゃうんだよね。




そういえば小さい頃、1回だけ
旅行で東京に連れてきてもらったことがある。

お母さんと2人で
朝の満員電車に乗った時には
もうぎゅうぎゅうのぎゅうに混んでるのに
さらにどんどん人が乗ってきて
本当につぶれちゃうかと思ったよ。

でもお母さんも他の乗客の人たちも
涼しい顔して乗ってるから
「東京じゃこれがフツーなの?!」
ってすごくびっくりした。

まさか自分が東京に住むことになるなんて、
あの時は思いもしなかったな……。




そんなことを考えながら
人だらけなデパート1階のフロアを歩いていたら
前を歩いていた王子と面影さんが足を止めた。


おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
サトルや、見てごらん

このあたりがのう、
桜谷さくらだに百貨店の建物の
ちょうど中央あたりになっとるんじゃよ
サトル(サト)
サトル(サト)
すごい!

上から下まで全部
吹き抜けになってる!

大きな長方形のホールになっているそこは、
全部の階をつなぐ吹き抜けになっていた。

地下1階から最上階の7階まで
計8階ぶんをつないでいるだけあって、
開放感がハンパない。
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
その吹き抜けの所に
大きなガラス窓があるじゃろ?
サトル(サト)
サトル(サト)
うん
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
あの窓の構造・・・・・・を、
しっかり見ておく・・・・・・・・とよいぞ

後で役に立つやもしれん
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
見ておいた方がいいのは
窓だけじゃないわ

それこそ吹き抜け周り・・・・・・
ぐるっと全部・・見ておくべきね!
サトル(サト)
サトル(サト)
……わかった!

何気なさそうな2人の言葉の裏には、
意味深な何か・・・・・・がありそうな気がした。

どういう意味で言ってるのかまでは
わからなかったけど……。



……ま、
わかんなかったら後で聞けばいいか。





とりあえず言われた通り
下から吹き抜けを見上げつつ観察してみる。

吹き抜けを囲む四方のうち、
三方向は各階フロアのお店が囲む形。

残りの一方向は壁。
そしてその壁の上の方半分ぐらいが
王子たちのいう「ガラス窓」になっているのだ。




えっと窓はっと……


……うーん
確かにすっごく大きいけど、
別に変わった感じはしないなぁ。



他のところはどうだろ……


……ん?!



まずはひととおり観察しようとしたところで、
私は “とんでもない匂い・・・・・・・・” に気づいてしまった!

サトル(サト)
サトル(サト)
こっ……!
このにおいはッ!!
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
え? サトル?
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
どうしたんじゃ急に?

2人が話しかけてくるけどそれどころじゃない!

私はあたりをキョロキョロ見回し、
“匂いの発生源” を必死に探しまくる!!
サトル(サト)
サトル(サト)
あっ!!

やっぱりあった!!
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
何を見つけたの?
サトル(サト)
サトル(サト)
決まってんじゃん、
あれだよっ!

と勢いよく指差したのは、
3階の吹き抜け横にあるおしゃれなカフェ!

お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
……??

普通のカフェよね?
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
ワシにもそうにしか
見えないんじゃが――
サトル(サト)
サトル(サト)
あまいっ!!
全然フツーじゃない!
サトル(サト)
サトル(サト)
だってほら、
カフェの前のパネル看板見てよ!

書いてあるよね?

今なら今月限定・・・・
“さくらんぼタルト” が
あるんだって!!


実はさっきから、
よく熟した食べ頃さくらんぼの甘い匂いとか
タルト生地が焼ける香ばしい匂いとか

そういうのがいい感じに混じった
ステキでたまらない匂いがしてたんだよねっ!

サトル(サト)
サトル(サト)
よし行くぞっ
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
ちょっと!
ダメに決まってるでしょ!
サトル(サト)
サトル(サト)
やだ!!

こんなにステキな匂いってことは
絶対おいしいヤツだよ?!

しかも今月限定じゃん!
今しか食べれない特別なタルトで、
来月じゃもうダメなんだからね?!
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
あんたねぇ!
今日は何しにきたかわかってんの?!
サトル(サト)
サトル(サト)
わかってるって!

でも「デパート来たら
おいしいもの食べていい」
って約束したもん!
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
それは設定上の約束・・・・・・でしょ?
サトル(サト)
サトル(サト)
約束は約束だもん!
サトル(サト)
サトル(サト)
ね~お願い!
食べたらちゃんとするからさ~!
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
だから――
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
まぁええじゃろ!

ちょうどおやつ時じゃし、
時間に余裕はあるから
食べてからでも
充分にお目当て・・・・には間に合うしのう
サトル(サト)
サトル(サト)
さすがおじいちゃん、
わかってるぅ!!
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
ったく……
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
しょうがないわね、
行けばいいんでしょ?
サトル(サト)
サトル(サト)
やったー!



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



それからだいたい1時間後。

私は大満足な気分で
上りエスカレーターにのっていた。

サトル(サト)
サトル(サト)
う~~ん♪
おいしかったねぇ!
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
サトルには
緊張感ってもんがないの?

つくづくあきれるわ
サトル(サト)
サトル(サト)
そんなこと言うけどさ、
お姉ちゃんだって
さくらんぼタルトのセット、
うれしそうな顔で食べてたじゃん
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
うっ……
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
ああいうカフェに入って
何も注文しないほうが失礼でしょ?
サトル(サト)
サトル(サト)
だったら
ドリンクだけ注文ってのも
ありだったよ?

おじいちゃんだってたのんでたの
コーヒー単品だったじゃん
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
そ、それは……
サトル(サト)
サトル(サト)
正直に言っちゃえよっ

ほんとは食べたかったんだろ?
さくらんぼタルト!
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
……もうっ!

わかった、認めるわよ!
認めりゃいいんでしょ?!
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
あんたが注文前に
「このさくらんぼタルトは
 絶対おいしい!」
ってずーっと
力説りきせつするもんだから、

あたしまでうっかり
食べたくなっちゃっただけよ!
サトル(サト)
サトル(サト)
ほらやっぱりー!

でも、うまかっただろ?
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
え?
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
まぁね、そりゃ、
おいしかったけど……
サトル(サト)
サトル(サト)
じゃー
よかったじゃん!
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
まったく……

サトルは希望通り
食べるもん食べたんだから、
あとはしっかりやんなさいよ?
サトル(サト)
サトル(サト)
はーい!
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
……さてと

2人とも、そろそろお目当ての
7階催事場に着くようじゃぞ!
サトル(サト)
サトル(サト)
あ、ほんとだ

面影さんが指さす先
上りエスカレーターの進行方向に、
催事場の出入口が見えてきた。

おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
いよいよ待ちに待っておった
特別展の会場じゃ!

本当に楽しみじゃのう!
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
……そうね
おじいちゃんが
楽しそうで何よりだわ

王子も面影さんも、
ちゃんと最初の設定を守って
演技してるみたいだね。




面影さんが人数分買ってくれた入場券を
それぞれ手に持って、
催事場にて開催中の特別展会場へと入っていく。

おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
サトルや、
分からない事があったら
何でも聞くんじゃぞ?

おじいちゃんが教えてやるからのう!
サトル(サト)
サトル(サト)
ありがと!
サトル(サト)
サトル(サト)
じゃあおじいちゃん
さっそく聞くけど、

そもそもこれって
どんな展示なのかな?
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
うむ、今回の展示は
まぼろし宝飾美術展ほうしょくびじゅつてん
と題されたものでのう、

世界中から集めた珍しい宝飾美術、
つまり
宝石を使ったアクセサリー等を
展示してるんじゃよ
サトル(サト)
サトル(サト)
へぇ~

パッと見るだけでも、
そこら中にガラスケースが並んでいる。

ケース全部にアクセサリーとかが
入ってるんだろうな……。


……あれ?
サトル(サト)
サトル(サト)
なんかさ、
警備員さんがやたら多くない?

パッと見る限りでも、
明らかに「自分は警備員です!」とか言いそうな
紺色の制服姿の人たちがちらほら見える。


“盗みの下見” に来てる身としては、
ちょっとだけ心臓がばくばくし始めちゃうよ。

おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
そりゃそうじゃよ

この特別展には
高価な宝石類が
並んでおるからのう
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
例えばあそこに
ネックレスがあるでしょ?

あれ1つで
1千万円は下らないわ
サトル(サト)
サトル(サト)
ほんと?!
なんでわかるの?
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
わかるわよそりゃ

あれぐらいのクラスの宝石だったら、
我が家にたくさん転がってるもの

いやいや、
1千万の宝石が日常的に転がってるなんて
王子の家みたいに
すっごいお金持ちの家ぐらいだからね?
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
今回の特別展はね、
他にもそれなりに高価な物が多数
飾ってあるんですって
サトル(サト)
サトル(サト)
まぁ確かに
そんな高いものばっかなら、
警備の人もいっぱい
置いておきたくなっちゃうかも
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
でしょ?
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
泥棒にでも入られたら・・・・・・・・・・
困っちゃうものねぇ
サトル(サト)
サトル(サト)
 ?! 
サトル(サト)
サトル(サト)
お姉ちゃん?!
なに言ってんだよ?!
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
やーねぇ
慌てちゃって

冗談に決まってるでしょ
サトル(サト)
サトル(サト)
じょ、冗談にしては
大胆過ぎない?
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
だいじょーぶ

こういうのってね、
堂々としてりゃ
意外と疑われないもんだって
サトル(サト)
サトル(サト)
え、でも――
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
それによく考えてみなよ
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
あたし達ってばさ、
おじいちゃん・女子高生
・小学生の3人組、

つまり子連れの家族なわけ

普通に考えて、疑いたくなると思う?
サトル(サト)
サトル(サト)
……あ


展示会場の中は、
いろんなお客さんで混みあっている。

中には私たちと同じように
“おじいちゃん&孫” っぽく見える
お客さんグループも少なくない。



やっぱり日曜日だからか、
特に小さい子の姿が目立つ。

子供たちがこれだけ集まれば
何事もないわけはなく、
中には急に走り出したり
ガラスケースに触ろうとしたり
なんて子もいて……。



……おや?

あそこの警備員さん、
困った顔で小さい子に話しかけてる。
もしかして迷子かな?


これだけお客さんが多いと、
警備員さんの仕事も大変なのかもね。


お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
……とはいえさすがに
“不審な行動” は控えたいわね
サトル(サト)
サトル(サト)
例えば?
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
むやみにきょろきょろするとか
妙におどおどするとかじゃない?

あとは
防犯カメラを探したり
同じ所を行ったり来たりとか……
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
……そしてもちろん
店員や警備員・・・
必要以上に観察・・・・・・・するのもよくないわよ
サトル(サト)
サトル(サト)
 !! 

私さっき警備の人を観察しまくっちゃってたよ、
ダメじゃん!

お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
うふふ……ちゃんと
自覚・・してくれて助かるわ
サトル(サト)
サトル(サト)
あははは……

王子、笑顔が怖いです。
サトル(サト)
サトル(サト)
はぁ……
いろいろ難しいなぁ

ちゃんとできるかどうか
不安になってきた……
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
心配せんでも大丈夫じゃ

サトルはのう、
いつも通りにしてりゃいいんじゃよ!
サトル(サト)
サトル(サト)
え?
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
要するに、
あんたは余計なこと考えず

普通に展示会を楽しみなさいって事
サトル(サト)
サトル(サト)
本当にそれだけでいいの?
だって “下見” に来たんだよね?
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
難しい事は、
あとの2人に任せなさい
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
今日のあんたの役割は
小学生のサトルくんとして・・・・・・・・・・・・
自然に振る舞うこと

なんだかんだ
それが1番助かる・・・・・のよねー
サトル(サト)
サトル(サト)
……あ

そういえば王子、
「子供を連れてるだけで疑われにくくなる」
みたいなこと言ってた気がする。
サトル(サト)
サトル(サト)
わかった!
ぼく、めいっぱい楽しむっ!
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
よっしゃ、
サトルが退屈せんよう、

おじいちゃんが
宝飾美術の魅力を教えてやるからの!
サトル(サト)
サトル(サト)
うんっ!



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



入口に近い所から順番に
1つずつ展示物を見ていく。

展示会場は思ったより広くて
そのぶん展示品の数もかなり多かった。



ひとくちに “宝飾美術” と言っても
いろんな種類のアイテムがあるらしい。

ネックレスだけでも
最初に見た1千万円のもの以外にも
いくつもあったし、
他にも
ティアラ・ブレスレット・ブローチなど
さまざまなアクセサリーが飾られていた。




面影さんは本当に詳しくて、
私が聞いたことについてはもちろん、
それ以外もたくさん教えてくれたんだ。

しかも話がおもしろいから、
聞いててすっごく引き込まれるの。
もし面影さんが学校の先生だったら、
毎日の授業が楽しみになっちゃうかもね。





そんなこんなで
特別展を満喫しまくっていたところ。

サトル(サト)
サトル(サト)
あれ?

なんかあっちのほう、
すごく人が多い気がする

展示会場の一角に、他よりもやたら
お客さんが集まっているエリアが見えた。

おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
あれはのう、
「幻の宝飾美術展」の
目玉展示物なんじゃ
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
そして、
今回のあたしたちの
ターゲット・・・・・でもあるわ
サトル(サト)
サトル(サト)
ターゲット……
そうだよね、
ちょっと忘れかけてたけど
私たち、今日は “下見” に来てるんだった。

お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
ほらサトル、
難しい顔になってるわよ
サトル(サト)
サトル(サト)
え? あ……
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
あんたは
小学生らしく・・・・・・
素直にしてりゃあいいの
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
じゃあ早速あたしたちも
目玉展示とやらを見にいきましょ!



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



目玉展示エリアには
やっぱり “目玉” というだけあって、
それ以外の展示物以上に
警備の人も見ているお客さんも多くて、
どことなく緊張感も段違いのような気がした。


混みあってるお客さんのすき間を見つけつつ、
ちょっとずつ前に進んでいくと
ようやく展示物が見える位置に到着。

サトル(サト)
サトル(サト)
わぁ……

目玉展示物として飾られていたのは、
指輪だった。


アクセサリーとしては割とシンプルめな構造で、
細めの金属製リングに
10円玉ぐらいのサイズの青緑色の宝石が
たった1粒ついているだけ。

正直、他の豪華な展示物と比べても
かなり小さめな部類に入ると思う。



それなのに見た瞬間。

宝石についてあまり詳しくない私でさえ
思わず感動の声を出してしまうぐらい、
ペンダントについている宝石は美しかった。


サトル(サト)
サトル(サト)
……きれい
無意識につぶやいたところ。

おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
どうやらサトルは
宝石の魅力がわかる子のようじゃのう

よかったらおじいちゃんが
解説してやろうか?
サトル(サト)
サトル(サト)
うんっ聞きたい!

やったー、面影さん解説楽しみ!

おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
まずは宝石の種類じゃな

この指輪に1粒だけ使われている石は
“グランディディエライト”
という種類なんじゃ
サトル(サト)
サトル(サト)
グランディディエライト?
初めて聞く宝石かも
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
そうじゃろなぁ

グランディディエライト自体が
「世界稀少石きしょうせき10けつ
にも数えられる事もあるほど
なかなかに珍しい石でのう
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
モノ自体が非常に少ない上、
ここまでの大きさで
ここまでの美しい透明度ともなると
世界にいくつも存在しないと
言われており、

この指輪および宝石には
それだけの価値・・・・・・・があると
思ってよいじゃろう
サトル(サト)
サトル(サト)
つまり、
とっても値段が高いってこと?
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
ああそうじゃ

推定価格は、そうじゃのう……
サトル(サト)
サトル(サト)
(ごくり……!)
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
……サトルには
教えないほうがいいじゃろうな
サトル(サト)
サトル(サト)
なんで?
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
1千万で驚いておったろ?

あのレベルの宝飾品が
余裕でいくつも
買えてしまう価格じゃから、
サトルが聞けば
卒倒してしまうやもしれんからのう
サトル(サト)
サトル(サト)
そ、そんなに……

よくわかんないけど、
ものすご~く高価だってことだけはわかった!


おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
ちなみにこの指輪には
“アンフィトリテの涙”
という名前がついておるんじゃが

サトルは
“アンフィトリテ” が
どういう意味か知っておるか?
サトル(サト)
サトル(サト)
ううん、知らない
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
アンフィトリテというのは
ギリシア神話に出てくる
海の女神なんじゃ

同じく海やなんかを司る神である
“ポセイドン” の奥さんと言った方が
世間的には知名度があるやもしれん

まぁこの辺りを詳しく喋ると
長くなるから省略するがの
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
“アンフィトリテの涙”
という名前をつけたのは
この指輪の製作者なんじゃ

宝石の部分があたかも
きらめく海を切り取ったかのように
美しい色をしておることから、
「海の女神アンフィトリテが
 流した涙のようだ」と感じ、
そのまま命名した
というのが由来なんじゃと
サトル(サト)
サトル(サト)
へぇ……

そう言われてから改めて観察すると
青緑色の宝石が海のように見えてきた。



ただの海じゃなくて、
沖縄とかの澄みわたる美しい海。


しかも
宝石の周りのほうは
透明な青い海の色なのに、
宝石の中央あたりは
深海のように濃くて深い色になっていて、

見つめているだけで
「海の底に吸いこまれちゃうかも」
って思えてきてしまうほどの
神秘的なかがやきときらめきは、
まるで、この世のものじゃないみたい。


おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
……と、ここまでが
パンフレットの受け売りじゃな
サトル(サト)
サトル(サト)
え?
パンフレット?
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
じゃじゃーん、
これじゃよ!
面影さんが笑顔で取り出したのは

表紙に「幻の宝飾美術展」と
大きく書かれた分厚いパンフレット。

おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
前々から
この特別展について
調べておってのう

当然パンフレットも
事前に入手して
しっかり読み込んでおったんじゃ!
サトル(サト)
サトル(サト)
あーなるほど、
だから詳しかったんだ
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
とはいえ、
おじいちゃんもあたしも

パンフレットに書かれてない
情報についてだって
詳しく知ってるんだけどね
サトル(サト)
サトル(サト)
どういうこと?
お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
おじいちゃん、
1人で行きたいところ・・・・・・・・・・がある」
って言ってたよね?

サトルはあたしに任せて
今のうちに行ってきたら?
おじいちゃん(面影)
おじいちゃん(面影)
了解じゃ
と面影さんは1人で
目玉展示エリアから出ていく。


お姉ちゃん(皇太郎)
お姉ちゃん(皇太郎)
さてと……
あんたはこっちよ
サトル(サト)
サトル(サト)
……うん


王子は少しだけ歩いたかと思うと、
目玉展示エリアの横に置いてある
休憩用ベンチに腰かけた。

私も隣に座る。



すると王子は周りを確認してから
小声でしゃべり始めた


皇太郎
皇太郎
……ここからは内緒の話だ

周りに聞かれないよう、
怪しまれないよう注意しろ
サト
サト
……うん、気をつける
王子に合わせ、私も声を押さえる。

今のところすぐ近くに人はいないけど、
一応、気をつけつつ話したほうがよさげだね。
皇太郎
皇太郎
先に言っておくが
面影は現在
“本番のための仕込み・・・
をしている最中のはずだ

しばらくは俺達2人で行動し、
面影の作業が完了次第合流して
桜谷さくらだに百貨店から出る予定だから
そのつもりでいろ
サト
サト
わかった
皇太郎
皇太郎
ここからが本題だ
皇太郎
皇太郎
実は
“アンフィトリテの涙” はな、

本来の持ち主から
詐欺師によって騙し取られちまった
代物なのさ
サト
サト
え、じゃあ警察に通報しないと……
皇太郎
皇太郎
バカ、
そう簡単にいきゃ苦労しねぇよ

その詐欺師がクセ者・・・でな、
警察へ通報したって
もみ消されるのがオチだぜ
サト
サト
まさかマンガやドラマじゃあるまいし
もみ消しなんかされるわけ――
皇太郎
皇太郎
残念ながら
そのまさか・・・なんだよな

直感でわかった。

王子は今、真面目に話してるんだって。



だったら私も
今は真面目に話を聞こう。
サト
サト
……それで?
皇太郎
皇太郎
詳しくは後で話すが……

今この場所で
見ておいてほしい人物が2人いる
サト
サト
うん
皇太郎
皇太郎
1人目は
この桜谷百貨店のオーナー、

桜谷さくらだにガンゾウ” だ
サト
サト
ガンゾウ?
サト
サト
なんか……すごい名前だね
皇太郎
皇太郎
名前だけじゃなく本人もすげぇよ、
全然名前負けしてねぇんだから
サト
サト
そうなの?
皇太郎
皇太郎
ほら、
左の壁際の端にいるだろ?

いかにも
ガンゾウ・・・・” って感じの人物が
王子に言われたとおり
左の壁際のほうを見てみると。
サト
サト
……あ、なんか
わかったかも……
皇太郎
皇太郎
だろ?

本当にいたよ!

いかにも
「俺がガンゾウだ! ガハハッ!」
とか野太い声で笑いそうな感じで
縦にも横にも大きくて
変な柄のスーツ・・・・・・・を着ている
50代ぐらいのおじさんが!


一緒にいるおじさんたちは
みんな普通なスーツ着てるのにな……。

サト
サト
……あんなスーツ
見たことないんだけど、

いったいどこで買うんだろ?
皇太郎
皇太郎
おそらくだが
オーダーメイドで
作らせてるんじゃないか
サト
サト
え、そうなの?
皇太郎
皇太郎
だってよ、
あんなひでぇデザインを
店で売ろうとしても、
ガンゾウ以外買う訳ねぇだろ

万が一買う奴がいたら
そいつのセンスは
救いようがねぇほど壊滅的だな
うっわー
王子ってば毒舌!

本当に容赦ないんだから……


まぁ気持ちはちょっとだけわかるけど。


皇太郎
皇太郎
……話を戻すぞ
皇太郎
皇太郎
桜谷ガンゾウこそ、
“アンフィトリテの涙” を
騙し取った詐欺師なのさ
やっぱり。

話の流れから考えて
なんとなくそうなのかなとは思ってた。

皇太郎
皇太郎
ガンゾウが悪事を働いた根拠や
その詳細に関しては
しっかり面影に調べさせた

証拠もまとめてあるから
後ほど車の中で
説明がてら見せてやる
皇太郎
皇太郎
やはりこの辺りを固めておかねば
怪盗姫としての大義名分が無くなり
只の悪人になっちまうからな
サト
サト
……うん
皇太郎
皇太郎
それともう1人の
見せたい人物ってのは……


……動いてねぇようだし、
たぶんまだあそこにいるな
サト
サト
あそこ?
皇太郎
皇太郎
いったん戻るぞ


再び歩き出した王子についていくと、
さっきまでいた目玉展示コーナーへと戻ってきた。

皇太郎
皇太郎
……和服の女性、わかるか?
耳元でささやいてくる王子。



王子の目線の方向を見ると、
和服を着た女性は1人だけだった。


私が確認できたのを見計らったタイミングで、
王子が言葉を続けてくる。

皇太郎
皇太郎
彼女こそが
“アンフィトリテの涙” の
本来の持ち主であり、

詐欺に合ってしまった被害者だ

改めて女性に目をやる。



上品に和服を着こなした白髪のおばあちゃん。

彼女は少し遠くから
“アンフィトリテの涙” のほうを
真っすぐに見つめていた。


その瞳はとてもさびしそうで……。



……なんだか私の心まで
キュッと締め付けられてしまったのだった。

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