私の変装準備も終わり、面影さんの運転で出発。
15分ぐらい走ったところでようやく、
それっぽい看板をかかげた建物が見えてきた。
桜谷百貨店。
“東京郊外のとある駅” の近くにある
割と老舗で人気なデパートで、
地下1階から7階まで
色んな売り場が並んでいるんだって。
まぁ私は行くの初めてだから、
王子や面影さんから聞いた情報しか
知らないんだけどね。
面影さんがデパートの近くの駐車場に車を止める。
さっそくシートベルトを外そうとしたところ、
王子が私のことを呼び止めた
といっても、
もちろん本当の “家族” ってわけじゃなく
潜入のための “家族設定” なんだけどね。
ちなみに王子が考えてきたっていう今日の設定を、
ざっくり説明するとこんな感じ。
◆◆
学校も休みの日曜日。
おじいちゃん(=面影さん)は、
桜谷百貨店で開催中の
特別展イベントに行きたいと思いました。
でも1人で行くのはちょっとさみしい。
だから同居している孫たちを誘ったところ
小学5年生のサトルくん(=私)は
「デパート?
おいしいもの食べれるなら行くよ!」
とよろこんで手をあげました。
高校生2年生のお姉ちゃん(=王子)は
あまり乗り気じゃなかったけど、
サトルが行くと言い出したのを聞いて
「サトルがおじいちゃんを困らせそうだから」
と心配して一緒に行くことに。
そして3人は、おじいちゃんの運転する車で
桜谷百貨店へとやって来たのでした。
◆◆
うちはずっとお母さんと2人で
お母さん以外の家族って知らないから、
なんか……とっても不思議な気分なんだよね。
「信じらんねぇよ」って顔の王子。
桜谷百貨店までは歩いてすぐ。
何やら小声で話している王子と面影さんから
はぐれてしまわないよう
2人の後ろにくっついて歩き、
正面玄関からデパートの中に入る。
すると店内は、
おそろしいぐらい大量のお客さんで
混みまくっていた。
おぉーっ!
さっきまでと別人みたい!
王子は
美少女オーラを完全に消して
どこにでもいる
フツーの女子高生って感じだし、
面影さんも
いつもの渋い色気が無くなって
ただの優しそうな
おじいちゃんにしか見えないし、
2人とも演技うまいなぁ。
私……いや “ぼく” も、
気合い入れてがんばらなきゃだねっ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それにしても東京はどこも人が多い。
私、数週間前まで
鳥取県鳥取市在住だったんだよ?
鳥取と言えば ”日本一人口が少ない県” だよ?
鳥取市だと
ここまで人がいっぱい集まるのは、
すっごく特別なイベントの時だけな気がする。
例えば、
鳥取市の最大イベントで
年に1度だけの夏の風物詩でもある
“しゃんしゃん祭り” の時とか!
しゃんしゃん祭りは
鳥取市民にとって特別だし
ほとんどみんな参加するのが当たり前だよね?
毎年行くたびに、
クラスメイトも近所の人も、知ってる人は全員
お祭り会場のどこかで見かける気がするもん!
だけど東京はそうじゃなくて、
いつでもどこでも街のあちこちが人間だらけ。
鳥取人の感覚からすると
ずっとお祭りやイベントやってるのかなって
思いそうになっちゃうんだよね。
そういえば小さい頃、1回だけ
旅行で東京に連れてきてもらったことがある。
お母さんと2人で
朝の満員電車に乗った時には
もうぎゅうぎゅうのぎゅうに混んでるのに
さらにどんどん人が乗ってきて
本当につぶれちゃうかと思ったよ。
でもお母さんも他の乗客の人たちも
涼しい顔して乗ってるから
「東京じゃこれがフツーなの?!」
ってすごくびっくりした。
まさか自分が東京に住むことになるなんて、
あの時は思いもしなかったな……。
そんなことを考えながら
人だらけなデパート1階のフロアを歩いていたら
前を歩いていた王子と面影さんが足を止めた。
大きな長方形のホールになっているそこは、
全部の階をつなぐ吹き抜けになっていた。
地下1階から最上階の7階まで
計8階ぶんをつないでいるだけあって、
開放感がハンパない。
何気なさそうな2人の言葉の裏には、
意味深な何かがありそうな気がした。
どういう意味で言ってるのかまでは
わからなかったけど……。
……ま、
わかんなかったら後で聞けばいいか。
とりあえず言われた通り
下から吹き抜けを見上げつつ観察してみる。
吹き抜けを囲む四方のうち、
三方向は各階フロアのお店が囲む形。
残りの一方向は壁。
そしてその壁の上の方半分ぐらいが
王子たちのいう「ガラス窓」になっているのだ。
えっと窓はっと……
……うーん
確かにすっごく大きいけど、
別に変わった感じはしないなぁ。
他のところはどうだろ……
……ん?!
まずはひととおり観察しようとしたところで、
私は “とんでもない匂い” に気づいてしまった!
2人が話しかけてくるけどそれどころじゃない!
私はあたりをキョロキョロ見回し、
“匂いの発生源” を必死に探しまくる!!
と勢いよく指差したのは、
3階の吹き抜け横にあるおしゃれなカフェ!
実はさっきから、
よく熟した食べ頃さくらんぼの甘い匂いとか
タルト生地が焼ける香ばしい匂いとか
そういうのがいい感じに混じった
ステキでたまらない匂いがしてたんだよねっ!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからだいたい1時間後。
私は大満足な気分で
上りエスカレーターにのっていた。
面影さんが指さす先
上りエスカレーターの進行方向に、
催事場の出入口が見えてきた。
王子も面影さんも、
ちゃんと最初の設定を守って
演技してるみたいだね。
面影さんが人数分買ってくれた入場券を
それぞれ手に持って、
催事場にて開催中の特別展会場へと入っていく。
パッと見るだけでも、
そこら中にガラスケースが並んでいる。
ケース全部にアクセサリーとかが
入ってるんだろうな……。
……あれ?
パッと見る限りでも、
明らかに「自分は警備員です!」とか言いそうな
紺色の制服姿の人たちがちらほら見える。
“盗みの下見” に来てる身としては、
ちょっとだけ心臓がばくばくし始めちゃうよ。
いやいや、
1千万の宝石が日常的に転がってるなんて
王子の家みたいに
すっごいお金持ちの家ぐらいだからね?
展示会場の中は、
いろんなお客さんで混みあっている。
中には私たちと同じように
“おじいちゃん&孫” っぽく見える
お客さんグループも少なくない。
やっぱり日曜日だからか、
特に小さい子の姿が目立つ。
子供たちがこれだけ集まれば
何事もないわけはなく、
中には急に走り出したり
ガラスケースに触ろうとしたり
なんて子もいて……。
……おや?
あそこの警備員さん、
困った顔で小さい子に話しかけてる。
もしかして迷子かな?
これだけお客さんが多いと、
警備員さんの仕事も大変なのかもね。
私さっき警備の人を観察しまくっちゃってたよ、
ダメじゃん!
王子、笑顔が怖いです。
そういえば王子、
「子供を連れてるだけで疑われにくくなる」
みたいなこと言ってた気がする。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
入口に近い所から順番に
1つずつ展示物を見ていく。
展示会場は思ったより広くて
そのぶん展示品の数もかなり多かった。
ひとくちに “宝飾美術” と言っても
いろんな種類のアイテムがあるらしい。
ネックレスだけでも
最初に見た1千万円のもの以外にも
いくつもあったし、
他にも
ティアラ・ブレスレット・ブローチなど
さまざまなアクセサリーが飾られていた。
面影さんは本当に詳しくて、
私が聞いたことについてはもちろん、
それ以外もたくさん教えてくれたんだ。
しかも話がおもしろいから、
聞いててすっごく引き込まれるの。
もし面影さんが学校の先生だったら、
毎日の授業が楽しみになっちゃうかもね。
そんなこんなで
特別展を満喫しまくっていたところ。
展示会場の一角に、他よりもやたら
お客さんが集まっているエリアが見えた。
そうだよね、
ちょっと忘れかけてたけど
私たち、今日は “下見” に来てるんだった。
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目玉展示エリアには
やっぱり “目玉” というだけあって、
それ以外の展示物以上に
警備の人も見ているお客さんも多くて、
どことなく緊張感も段違いのような気がした。
混みあってるお客さんのすき間を見つけつつ、
ちょっとずつ前に進んでいくと
ようやく展示物が見える位置に到着。
目玉展示物として飾られていたのは、
指輪だった。
アクセサリーとしては割とシンプルめな構造で、
細めの金属製リングに
10円玉ぐらいのサイズの青緑色の宝石が
たった1粒ついているだけ。
正直、他の豪華な展示物と比べても
かなり小さめな部類に入ると思う。
それなのに見た瞬間。
宝石についてあまり詳しくない私でさえ
思わず感動の声を出してしまうぐらい、
ペンダントについている宝石は美しかった。
無意識につぶやいたところ。
やったー、面影さん解説楽しみ!
よくわかんないけど、
ものすご~く高価だってことだけはわかった!
そう言われてから改めて観察すると
青緑色の宝石が海のように見えてきた。
ただの海じゃなくて、
沖縄とかの澄みわたる美しい海。
しかも
宝石の周りのほうは
透明な青い海の色なのに、
宝石の中央あたりは
深海のように濃くて深い色になっていて、
見つめているだけで
「海の底に吸いこまれちゃうかも」
って思えてきてしまうほどの
神秘的な輝きと煌めきは、
まるで、この世のものじゃないみたい。
面影さんが笑顔で取り出したのは
表紙に「幻の宝飾美術展」と
大きく書かれた分厚いパンフレット。
と面影さんは1人で
目玉展示エリアから出ていく。
王子は少しだけ歩いたかと思うと、
目玉展示エリアの横に置いてある
休憩用ベンチに腰かけた。
私も隣に座る。
すると王子は周りを確認してから
小声でしゃべり始めた
王子に合わせ、私も声を押さえる。
今のところすぐ近くに人はいないけど、
一応、気をつけつつ話したほうがよさげだね。
直感でわかった。
王子は今、真面目に話してるんだって。
だったら私も
今は真面目に話を聞こう。
王子に言われたとおり
左の壁際のほうを見てみると。
本当にいたよ!
いかにも
「俺がガンゾウだ! ガハハッ!」
とか野太い声で笑いそうな感じで
縦にも横にも大きくて
変な柄のスーツを着ている
50代ぐらいのおじさんが!
一緒にいるおじさんたちは
みんな普通なスーツ着てるのにな……。
うっわー
王子ってば毒舌!
本当に容赦ないんだから……
まぁ気持ちはちょっとだけわかるけど。
やっぱり。
話の流れから考えて
なんとなくそうなのかなとは思ってた。
再び歩き出した王子についていくと、
さっきまでいた目玉展示コーナーへと戻ってきた。
耳元でささやいてくる王子。
王子の目線の方向を見ると、
和服を着た女性は1人だけだった。
私が確認できたのを見計らったタイミングで、
王子が言葉を続けてくる。
改めて女性に目をやる。
上品に和服を着こなした白髪のおばあちゃん。
彼女は少し遠くから
“アンフィトリテの涙” のほうを
真っすぐに見つめていた。
その瞳はとてもさびしそうで……。
……なんだか私の心まで
キュッと締め付けられてしまったのだった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。