第7話

アンフィトリテの涙(1)
833
2019/03/02 09:00
転校数日で
私立 薔薇ヶ原ばらがはら学園高等学校での生活にも
だいぶ慣れてきた気がする。

なにかと助けてくれたミホナ達には
感謝してもしきれないぐらいだね。





そして転校してから初めての日曜日のお昼過ぎ。

王子に呼び出された私は、
私服姿で待ち合わせ場所へとやって来たのだった。
サト
サト
えっと……どの車だろ?

指定されたのは、広めの駐車場。

広いだけあって車もたくさん停まってるから
どれが王子の乗ってる車か全然分かんない。

というかここに来るまでも駅から遠いし、
通り道にもこれといった目印がないし、
待ち合わせとして指定するには
あんまり親切な場所じゃないと思うんだよね。



どれも同じに見える車の間をグルグルまわりつつ
お目当ての車を探していると。
皇太郎
皇太郎
おい、ここだ

声のほうを見ると、

1台の大きな車の窓から
女装&私服姿の王子の顔がのぞいていた。
サト
サト
よかったー、
見つかんないかと思ったよ

ホッとして車に駆け寄ると。
皇太郎
皇太郎
おせぇんだよ全く!

第一声からキレられた。
サト
サト
別に遅くないし……

今、待ち合わせの13時ちょうどだよ?
皇太郎
皇太郎
バーカ!

こういうのはな、
ちょうどじゃなくて
余裕を持って
5分前位に到着するのが常識だろ
サト
サト
早く来ようって努力は
いちおうしたもん!

でもでも、
駅からここまですっごい歩くし、
駐車場広いし車だらけだしで
どれが王子の車か分かんないし、

こんなとこで待ち合わせとか
正直、意味わかんないんだけど!
皇太郎
皇太郎
お前な……


これから俺達が何しに行くか
ちゃんと理解してるのか?

遊びに行くんじゃねぇんだぞ?
サト
サト
わかってるって!

今日は “下見” でしょ?


王子から言われてるのは
今日は盗みのターゲットを下見に行くってこと。

詳しくは集合してから話すってこと。

それと下見に必要な準備は
王子と面影さんのほうでするから、
私は何も用意しなくていいってこと。


あとは待ち合わせの時間と場所、ぐらいかな。


皇太郎
皇太郎
そう、下見だ

今日しくじれば、
それが本番の失敗に
つながる可能性もあるし、

下見といえど慎重に
いかなきゃなんねぇんだよ
皇太郎
皇太郎
それなのに
例えば駅の近くなんかで
待ち合わせでもして
おかしなタイミング・・・・・・・・・
顔見知りにでも会っちまったら
何て言い訳するんだ?

まさか
真実を話すわけにもいかねぇよな?
サト
サト
うっ……

そうだよね。

今日は学校休みだし
クラスの子とかにばったり会ってもおかしくない。



王子に言われるまで、
まったく気づきもしなかったよ……。

皇太郎
皇太郎
だったら最初からここのように、
余計な奴に見られにくい場所で
待ち合わせたほうが
めんどくさくねぇだろ?
サト
サト
あ、そうかも!
皇太郎
皇太郎
この駐車場に
車を停めさせたのだって
ちゃんと理由があるんだぜ?

「木を隠すには森の中」とも言うし、
ここなら目立たずに済むからな

改めてまわりを見渡しても、
やっぱり同じような車だらけ。

私だって今の今まで
王子の車がどれだかわかんなくて
迷ってたわけだし……


ある意味、王子の言葉を
身をもって体験したばかりってやつかも。


サト
サト
なるほど……

王子って意外といろいろ
考えてるんだね
皇太郎
皇太郎
お前に言われるまでもねぇよ


わかったら
とっとと中に入れ
サト
サト
はーい



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



王子の車、もともと大きめだなとは思ってたけど
中に入ってみたら想像以上に広く感じた。


そして広いだけじゃなく、
内装もとっても豪華っぽくてびっくり!



例えるなら、前にTVで見た
“五つ星ホテルの最上階のスイートルーム”
をこじんまりさせた雰囲気っていえばいいかな?

壁も椅子も手触りがすごくよくて、
車の中だって信じられないぐらいだよ。





乗り込んですぐ
運転席に面影さんがいるのに気づいて
軽く挨拶しようとしたところ。
サト
サト
あれ?

今日は面影さん、
執事服じゃないんですね?
面影
面影
さようでございます

わたくしめも坊ちゃまの指示により、
共に下見現場へと参りますゆえ

今日の面影さんは
割とカジュアルめな服を着てた。


これはこれで似合ってるんだけど
やっぱり執事服のイメージが強かったからか、
なんか違和感があるなー。

皇太郎
皇太郎
そんじゃお前も
着替えてこい
サト
サト
なんで?
皇太郎
皇太郎
変装の準備に決まってるだろ
サト
サト
え、私も変装するの?!
皇太郎
皇太郎
当たり前だ

下見潜入とはいえ
ターゲットに近づくんだぞ

念のため変装しておいたほうが
正体もごまかせるし、
色々な意味で安全だろ?
サト
サト
おぉーっ!

変装するとか、なんか本格的に
“怪盗” っぽくなってきたかも!!
皇太郎
皇太郎
まぁそのうち慣れるさ
皇太郎
皇太郎
じゃ面影、頼んだぞ
面影
面影
承知いたしました
面影
面影
それではサト様、
まずはこちらの衣装に
お着換えください



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



面影さんの誘導で、
車の後ろのほうの着替え用スペースへ。

使う時だけカーテンでうまく仕切れる感じの
仕掛けになってて、
狭めではあったけど
着替えるだけなら十分な空間だった。




スペースに用意してあったのは、
ボーイッシュめな服装一式。


普通のアイテムばかりだったから
迷うことなくすんなり着替えて
カーテンを開ける。


皇太郎
皇太郎
おっ
よく似合ってるじゃねぇか
サト
サト
 ! 

不意打ちのはじけるような笑顔に、
思わずキュンとしてしまう。

皇太郎
皇太郎
お前は絶対
そういう系のコーディネートが
合うんじゃないかと思ってたぜ
サト
サト
……ありがと

そんな風にストレートにほめられたら……
…やっぱ、なんか照れちゃうな。
サト
サト
それにしてもこの変装用の服、
妙にサイズが合うんだけど
なんでだろ?
皇太郎
皇太郎
面影に聞け

そういうのは全部
面影が作ってるからな
サト
サト
え、この服ってば
面影さんの手作りなの?

言われるまで手作りのだって気づかなかった。


面影さん手作りの服は
デザインも造りもしっかりしていて
お店に並んでても違和感が仕事しない気がする。

面影
面影
さようでございます、
わたくしの趣味は工作でございまして
皇太郎
皇太郎
お前のだけじゃなく、
俺や面影が着ている服も
面影が作ったんだぜ
サト
サト
すっごーい!
面影
面影
お洋服以外にも
例えばお料理や雑貨をはじめ
ひと通り作る事ができますので、

もし怪盗活動に必要な
アイテムなどございましたら、
お気軽にご相談ください
サト
サト
ありがとうございます!

ちなみにこの服
妙に私にぴったりなんですけど
サイズとかって教えましたっけ?
面影
面影
いえ、伺っておりませんでしたので

わたくしのほうで
調査したデータを使用いたしました
サト
サト
へっ?!
サト
サト
サ、サイズを調べたって
どういうことですか?!
皇太郎
皇太郎
俺が指示したんだよ

仲間に加える以上、
お前について
詳しく知っておかねぇと
諸々の作戦の計画が練れねぇだろ
サト
サト
ちょ?!
いったい他に何を調べたのよ?!
皇太郎
皇太郎
文字通り全部だ
鳥取での生い立ちから周りの評判、
やらかした失敗エピソードまで
面影に詳しく調査してもらったのさ
皇太郎
皇太郎
調査によればお前、
学校の勉強の成績が
あまりよくないらしいな

特に数学が悲惨だとか
サト
サト
うっ……
皇太郎
皇太郎
まぁ鳥取の高校受験では
それなりのランクの高校には
受かってたようだし
必死に勉強すりゃ何とかなるって所か
皇太郎
皇太郎
不思議なのは、お前が
薔薇高バラコ―に編入できたって事だ
皇太郎
皇太郎
我が薔薇高バラコ―
お前が元々通ってた鳥取の高校より
かなり偏差値が高いはずなんだが、
その成績でよく編入審査に通ったな?

なんでも
書類だけで審査に受かったとかで
編入試験のペーパーテストやら
面接やら全く受けてねぇんだろ?
サト
サト
あー、そのへん
私もよくわかんなくて
サト
サト
急な引っ越しで
時間も無さすぎたから
「もうなんでもいい、任せる!」
って言って、うちのお母さんに
高校関係の手続き丸投げしたんだよね

そしたら
「家から1番近い高校に
 通えることになったわ」
って、薔薇高バラコ―の資料を渡されたんだ
皇太郎
皇太郎
確かにお前の家は近いな、
学校の正門から徒歩30秒だろ?
サト
サト
うんっ

登校時間が短くて済むから
朝はギリギリまで寝れるんだよっ
皇太郎
皇太郎
そりゃうらやましいぜ
サト
サト
……って
こんな話してる場合じゃなくて!
サト
サト
1番気になるのが
服のサイズ調べたってこと!

もしかして面影さん、
私が寝てるすきとかに
勝手に体をはかったんじゃ――
面影
面影
いえいえまさか

直接に測ったわけではなく、
通販でのサト様の服の購入履歴を
ちょちょっ・・・・・と調べた結果
服のサイズを入手できまして
サト
サト
ええっ、面影さん
そんなことできるの?!

どうやって?!
面影
面影
それは
トップシークレット・・・・・・・・・でございます


意味ありげににっこり笑う面影さん。



そういえばこの間も
“私が転校生だ” ってこととか
手元のタブレット端末で調べてたよな。

普通に考えて
あんなのすぐに調べられるわけないし。


面影さんって味方だと心強いけど、
案外、敵にまわすと恐いタイプなのかも……。




……これ以上、
何も聞かないほうがよさそうだね。


面影
面影
ではサト様、
変装の仕上げをさせていただいて
よろしいでしょうか?
サト
サト
仕上げって
何をするんですか?
面影
面影
ウィッグに帽子、あとは
メイクを少々と考えております
サト
サト
面影さんって
メイクもできるんですか?
面影
面影
はい、坊ちゃまの変装を
お手伝いするために習得しまして


思わず王子の顔を見る。

もともと顔が整っているというのはあるけど、
その綺麗な顔立ちを活かしつつも
全く別人の “美少女女子高生” に仕上がっていた。


これを担当したってことは
面影さん、相当メイクが上手だよ?!



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



私が「よろしくお願いします」と伝えると、
面影さんはすぐに仕上げにとりかかりはじめた。




まずは
ショートカットのウィッグを私にかぶせる。

もともとの私の毛質にかなり近くて
ウィッグをつけても
「かぶってます!」
って感じが全くない自然な感じ。




続いて取り出したのはメイク道具。

引き出しいっぱいなメイクボックスには
本職のメイクさんかって思うぐらい
メイク道具がたくさん入っていた。

面影さんはそれらを使い、
手慣れた様子でメイクをほどこしていく。




そして最後に帽子をかぶせて……。


面影
面影
これにて変装の仕上げ
完了でございます

サト様、ご確認ください

と言いつつ鏡を見せてくる面影さん。



面影さんのメイクの腕なら、
きっとすっごくかわいくなったに違いない!


わくわくしながら鏡をのぞきこむと……。

サト
サト
……あれ?
サト
サト
あの面影さん、
これってまさか――
皇太郎
皇太郎
俺が指示したのさ
サト
サト
王子が?
なんで??
皇太郎
皇太郎
お前は残念なことに
女としての魅力・・・・・・・にかけるからな
サト
サト
へ?
皇太郎
皇太郎
チビだし、
ひょろひょろで
胸も尻もぺたんこだし、
全くもって残念すぎる!
サト
サト
ちょ……言いすぎじゃない?
皇太郎
皇太郎
事実で間違いないだろ

だからじっくり考えてやったんだ、
お前の特徴を最大限活かすには
どうすればいいかとな
皇太郎
皇太郎
そして考え抜いた結果、
男装をすれば完璧だと気づいたのさ

思ってた通り、
非常によく似合ってるぞ!
サト
サト
あっ、さっき
「似合ってる」って言ったの
そういう意味だったの?!
サト
サト
私だって
ちゃんと女子っぽい服着て
ちゃんとメイクしたら
それなりに見えるぐらいには――
皇太郎
皇太郎
まぁ
俺の足元にも及ばないだろうがな
サト
サト
なにそれ?!
皇太郎
皇太郎
言葉の通りさ

お前なんかより
俺のほうが女として上だ!

それも格段にな!
サト
サト
うっ……


正直なところ
王子の「女として上」発言はどうかと思う。



けれども目の前の、
自信たっぷりな “美少女” を見ると
返す言葉が見つからなかった。


だって、本当にかわいいんだもの……。


皇太郎
皇太郎
そう気を落とすなって

今のお前は、
どこからどう見ても完璧に少年だ

それこそランドセルでも背負って
道を歩いていたって
ちっとも違和感がないぞ
サト
サト
ちょ、それ
小学生の男子!
皇太郎
皇太郎
その通り!
皇太郎
皇太郎
これから行くのはデパートだ

日曜のデパートといえば
基本は子供連れの家族
皇太郎
皇太郎
潜入時の基本は
周囲にうまく溶け込むことであり、
お前のその格好は
今日の現場に溶け込むのに
最適と言えるのさ

子供連れなら警戒されにくいしな
皇太郎
皇太郎
喜べ!

今回の下見、
お前の良さが最大限に
活きてくるぞ!
サト
サト
…………


確かに王子の言うことには一理あると思う。

だけど……なんだろう……
ものすごーーーく複雑な気分。

プリ小説オーディオドラマ