第12話

第1幕 遠き日の序曲 7
169
2019/05/26 10:58
ひとり、またひとりと、
屋敷の人間が取調べを受ける。


レストレードが立ち会っていた印象としては、
紅茶を運んだ侍女も、紅茶を淹れた料理人も、
その他の使用人もシロだ。
それというのも、料理人も侍女も、1人になる瞬間がなかったのだ。


料理人が紅茶を入れた時、周りにほかの使用人が2人いた。2人とも、料理人が毒をいれるような怪しい行動はしていなかったと証言している。

また、紅茶を運んだ侍女も、お部屋の前までメアリーと、その世話係のアンナと一緒だったという。

アンナ
アンナ
はい、確かに、一緒に2階に上がり、
彼女がお茶を持って奥様のお部屋に入るまで見ました。
なるほど、とホームズが呟く。
ホームズ
ホームズ
では、その日のことを、順を追って聞かせていただけますか?
アンナ
アンナ
あ・・・はい。
その日は天気も良く・・・メアリー様と奥様はお庭でお過ごしになられていて・・・。
アンナは真っ青な顔を下に向け、
時々涙を拭いながら話した。


家庭教師という役職にはとても似つかわしくないほど、気が弱そうで、つついたら今にも壊れてしまいそうな人だな、とレストレードは思った。

また、それほどに、彼女にとって今回の事件は相当ショックだったのだろう、とも。
ホームズ
ホームズ
その時、あなたはなにを?
ゆっくりでいいですよ、
と付け加えて、ホームズが質問を投げかける。
アンナ
アンナ
他の者と一緒に・・・お庭のテラスで・・・2時のティータイムの準備をしていました。
このお屋敷では、毎日決まって午後の2時にティータイムがあるのだという。
アンナ
アンナ

それで・・・ティータイムを済ませたあと、メアリー様が眠くなられたとの事で、メアリー様をお部屋にお運びして、お着替えを済ませ、お眠りになるまでお傍におりました。

・・・メアリー様がお眠りになったのが確か4時頃で、その直後、奥様のお部屋から悲鳴が聞こえまして・・・駆けつけたら奥様が・・・。
また、アンナは下を向いて鼻を啜った。
ホームズ
ホームズ
第一発見者はあなたでしたね?
アンナ
アンナ
はい・・・メアリー様のお部屋は、奥様のお部屋の向かい側ですので。
ホームズ
ホームズ
メアリー嬢の部屋の扉は閉まってましたか?
アンナ
アンナ
え?はい・・・閉めておりました。
ホームズ
ホームズ
なるほど。
では誰かが夫人の部屋に入ったかどうか、などは・・・
アンナ
アンナ
すみません・・・わかりかねます。
ホームズ
ホームズ
ですよね・・・。
アンナ
アンナ
・・・あの、
ホームズ
ホームズ
はい?
アンナ
アンナ
もう、行ってもいいですか?
メアリー様が心配で・・・
ホームズ
ホームズ
ああ、これは失礼。
もう結構です。
ありがとうございました。
ホームズがにこやかに促す。


アンナは立ち上がり、無言で一礼した。


そして彼女が部屋を出ようと、
ドアノブに手をかけた瞬間ー。
ホームズ
ホームズ
ああ!そうそう。アンナさん。
アンナ
アンナ
ホームズ
ホームズ
ひとつ聞き忘れていました。
ホームズがアンナに向かってそう言った。


その時、あからさまにわざとらしいホームズの言い方よりも、あからさまに体をビクリとさせたアンナの姿が、レストレードは気になった。
アンナ
アンナ
なん・・・でしょうか?
アンナは振り向いて、ホームズの方をおずおずと見る。
ホームズ
ホームズ
実は、リーズベット伯爵に愛人がいるのかもしれない、という噂があるそうで・・・どうやらその噂はこの屋敷の人間が発信しているそうなんですよ。
アンナ
アンナ
そうなんですか・・・
ホームズ
ホームズ
その発信源、またはその噂の真意に、お心当たりは?
アンナ
アンナ
・・・わたしはメアリー様のお世話が中心ですので、他の使用人とはそこまで一緒に仕事をしているわけではないので・・・すみません。

噂の真意に関しましては、わたしは嘘だと思います・・・とても奥様を愛していらっしゃいました。
ホームズ
ホームズ
なるほど。ありがとうございます。
ちなみに、あなたはご結婚されないんですか?
アンナ
アンナ
えっ?
ホームズ
ホームズ
すみません、これは個人的な質問でしたね。
あなたがとても美しいので、つい。
ホームズはその切れ長の瞳をまっすぐアンナに向ける。
先程の射抜くような鋭い目とは違い、
少し目元を緩めたその表情は色っぽい。


取り調べ中に何をやってるんだこいつは、と、
レストレードは呆れた。


しかし、アンナの反応は面白いことに、ホームズになびくことなく、むしろ余計に怯えた表情をさせたのだ。
アンナ
アンナ
私はいいんです。
私は・・・メアリー様のお傍にいられるだけで十分なんで。
ホームズ
ホームズ
そうですか、残念。
それでは、もう本当に大丈夫です。
ありがとうございました。
アンナはもう一度一礼し、そそくさと部屋を出た。
レストレード
レストレード
おいホームズ。
最後のはなんだ。
取り調べ中に口説くな。
ホームズ
ホームズ
あれを口説いていると思うなら、
君はまだまだだよ、レストレード君。
レストレード
レストレード
なに?
レストレードの頭にはハテナが浮かんでいる。
ホームズ
ホームズ
彼女はなにか隠している。
レストレード
レストレード
どうしてそう思うんだ?
ホームズ
ホームズ
君はむしろどう思った?
レストレード
レストレード
質問を質問で返すな。
・・・まぁ、気が弱そうだし、自己主張も弱い。とても人を殺せる人間には見えなかったなぁ。
その答えに満足したのか、ホームズは笑う。
ホームズ
ホームズ
OK。今度君に心理学の本を貸してあげよう。
君は人間の本質をもっと勉強した方がいい。
レストレード
レストレード
なんだよ?違うっていうのか?
ホームズ
ホームズ
気の弱い人間ほど、内面の怖い人間はいないのだよ。レストレード。
まあその話は・・・
ホームズが言い終わる前に、
ガチャりと部屋の扉が開いた。



そこに、
自身の背より少し高いドアノブに背伸びをして手をかけながら、ハニーブロンド髪を揺らし、
大きなテディベアを抱き締めた少女が立っている。
ホームズ
ホームズ
後にしよう。

まずは、彼女の話を聞いてからだ。
どうぞ。メアリー・リーズベット嬢。






つづく

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