第16話

第1幕 遠き日の序曲10
166
2019/07/06 10:50
メアリー
メアリー
それからのことは、
うっすらとしか記憶に残ってないけれど、

幼いながら、とてもショックだったことは
なんとなく覚えている。



お母様を殺めたのは、
ずっと私の面倒を見てくれていた「アンナ」だった。


















ホームズ
ホームズ
この一連のトリックを使えたのは、

アンナさん。

あなたしかいないんです。
アンナ
アンナ
そ、そんな・・・

その場にいた全員が、
ホームズの言葉にひっぱられるようにして、
アンナの方に顔を向けた。

驚き、悲しみ、怒り、
といったそれぞれの表情を浮かべながら。


ホームズ
ホームズ
この犯行は、

「夫人と夫人の部屋で二人きりになる時間があった人間」にしかできない。


執事のお二人は当然論外、
さらに、
あなた以外の家政婦さんたちも。

みなさんお互いが目の届く範囲で作業されていたと、
各々が各々のアリバイを証明しています。
ゲルニア
ゲルニア
アンナさん・・・どうして・・・。
「待ってください」とアンナが1歩前に出る。
アンナ
アンナ
あの、私がやったという証拠はあるんでしょうか?
アズヴィン
アズヴィン
そうですよ、
証拠がなければ、通り魔などの可能性だって・・・
ホームズ
ホームズ
外部犯の線はありませんよ。
アズヴィン
アズヴィン
なぜです?
ホームズ
ホームズ
夫人の部屋へ行くには、
このダイニングを抜けて階段を上がっていかなければいけない。

そうなれば、
ダイニングにいたみなさんが気づかないわけないでしょう?
アズヴィン
アズヴィン
あ・・・。
ホームズ
ホームズ
夫人の部屋は2階。

登れるような壁面でもなし、
さらに、この窓には鍵がかかっていた。

以上の理由で、ご納得していただけますかね?
アンナ
アンナ
でもそれは、私がやった証拠にはならないんじゃないんですか・・・?
ホームズ
ホームズ
ええ、その通り。
あなたがやった証拠はない。

ですから、
このままだと伯爵殿が本当に犯人になってしまうかもしれませんね?
アンナ
アンナ
っ!?
ホームズ
ホームズ
なあレストレード君、
殺人の罪は重いのだろう?
レストレード
レストレード
そりゃあそうだ。
当分は出てこれないだろう。
アンナ
アンナ
・・・そんな・・・
ホームズ
ホームズ
しかも、
「愛人のために妻を殺した」なんて。


一生ついてまわる汚名だ。
リーズベット家は終わりだろう。
メアリー
メアリー
?!








「リーズベット家は終わりだろう。」





幼いながらもその意味を感じ取ったのか、
メアリーの腕から、くまのぬいぐるみがするりと床に落ちる。
ゲルニア
ゲルニア
お嬢様・・・。
メアリー
メアリー
お父さまは・・・

お父さまは犯人じゃないもん!!
ホームズ
ホームズ
そんなことはわからないだろう?
メアリー
メアリー
わかるもん!
ホームズ
ホームズ
どうして?
メアリー
メアリー
お父さまは、
お母さまのことだいすきって!
メアリーのこと、たからものって!

いつもだきしめてくれたもん!

せかいでいちばん、かぞくが大切だって言ってたもん!

つぎのおやすみにはみんなでパリに行こうって・・・
やくそく・・・じだもん!
メアリーの瞳から、
さらに大粒の涙がぽろぽろと流れ出した。


子供らしく、
年相応に声を上げて泣きながら訴える姿を見て、
ようやくメアリーが「我慢していたもの」が解かれたようにホームズには思えた。


まあ、
彼はそのためにわざと意地悪を言っているのだが。
ホームズ
ホームズ
愛人だなんて・・・

俺はお会いしたことはないが、
さぞかし色男なんだろうな。

羨ましい限りだ。
レストレード
レストレード
おい、ホームズ・・・
メアリー
メアリー
あいじんなんていないもん!!
ホームズ
ホームズ
あなたが知らないだけかもしれないですよ?
メアリーはキッとホームズを睨みつけると、

ホームズはそれを逸らすことなく見つめ返す。



父親が犯人ではないという、揺るぎない思いが
そのホームズの真っ直ぐな瞳の前に
徐々に不安定になっていくのをメアリーは感じた。


「この人は本当のことをいってるのではないか」


彼の強い瞳を見ていると、
そう錯覚してしまうのだ。


メアリー
メアリー
アンナ・・・
不安になったメアリーは、
本意なのか不本意なのか・・・
母親を殺した容疑者に名が上がったアンナに
すがった。


それは
いつものように、ごく自然に。
アンナ
アンナ
・・・・・・。

しかしアンナはというと、何も答えずに、
しばらく下を向いて黙ったままだった。




メアリーはそれが突き放されたように感じたのか、また泣き出す。
押し殺すように声も上げず、ただ流れる涙を何度も何度も拭うその姿があまりにも痛々しくて、レストレードは見ていられなかった。




そして、そう思っていたのは、
レストレードだけではなく・・・。






アンナは「もうだめ」と
苦しそうに一言そう呟くと、
痺れを切らしたようにメアリーの元へ駆け寄った。


メアリー
メアリー
アンナ?
アンナがメアリーに手を伸ばした瞬間、
一瞬ホームズとレストレードが
左の胸ポケットに手を突っ込んだが、



メアリーを抱き締め、
涙を流し始めたアンナを見て
2人はそっと手を下ろす。
アンナ
アンナ
大丈夫です、お嬢様。

旦那様は犯人ではありません。
メアリー
メアリー
ホームズ
ホームズ
・・・なぜ、そう言いきれるのです?






...
アンナ
アンナ
私が・・・・・・



私が犯人だからです。



















メアリー
メアリー
アンナはずっと、
お父様をお慕いしていたのだと語りだした。


叶わぬこともわかっている。
そばで役に立てればそれでいい。
それたけで幸せだと。

最初はそう思っていたのだという。




でも、愛というものは不思議なもので。
留まることを知らず、日に日に募り、
いつしかアンナを苦しめるものになっていった。

行き場のない愛は、
自分の愛する人が愛している相手への憎しみに変わって行ったのだと。



そしてアンナはお母さまを・・・・。



あの日、
私とお母様に睡眠薬入りのお菓子を食べさせて、
眠気で朦朧としていたお母様に無理やり毒を飲ませた・・・。




あとは、この人の言う通り。
あたかも紅茶に毒が仕込まれていたように偽装したのだという。





ちなみに、
私を眠らせたのは・・・
私のことは殺したくなかったから。

お母様のことは憎かったけど、
私のことは本当に大切に想っていたからと。
お父様の子だから、だと思うけれどね。




アンナがお父様の留守を犯行の日に狙ったのは、
お父様に嫌疑がかからないため。


でも上手くいかず、
このままだとお父様が犯人にされてしまうと悟って、アンナは自供することにしたのだと語った。


ちなみにあとになって知ったけれど、
お父様が黙秘していたのは、
アンナが犯人だとなんとなく気づいたからで、
それを知ったら私が傷つくと思ったからだって。







アンナは
ヤードの馬車に乗り込む時に、
小さな声で私に
「ごめんなさい、さようなら」って呟いた。



私はとても悲しくて、悲しくて、
そして寂しくて、また泣いてしまった。







つづく

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