もしかしたらいるのかもしれない。
舞は街灯を頼りに小さな細い道を全力で走った。
着いたところは舞たちが通っているダンス教室。
息が上がって立ち止まっていた時、真紀が踊る「君へ」という曲が聴こえてきた。電気もついていた。
こっそり見ていると、足を前後に開き、柔軟をしていた。真紀も基礎からしっかりやる人なのだ。
真紀はCDプレーヤーの中からディスクを取り、「桜」をセットした。そして、スタジオの床をモップで1度掃除した。
それだけでも、舞が笑顔で気持ち良く踊れたらいい。そう思い、舞の帰りを待った。
そう。これこれ。
この笑顔が俺の力になる。舞の清々しい笑顔と汗は俺の活力となり、演技により一層力強さが出るような気がする。
これを目指したい。笑顔にさせたい。
舞は、オーディションで踊った内容と同じ演技をした。
ジャンプは決まった。綺麗だ。
だけど何か違和感を感じた。舞はこんなもんじゃない。もっと美しく、華麗なダンスを見せてくれるはずだ。
誤魔化したな。
舞は思ってることが顔に出やすい。
きっと自分では分かっていないのだろう。
心配だ…。これで演技に支障をきたすのはいけないな。
そう唐突に聞かれ、正直戸惑った。
みほらと踊るのはとても相性がいいと思う。他の人とペアを組むとなっても、間違いなくみほらと組むだろう。
しかし、そう言ってはいけないと思った。
舞は今、そんな答えを求めていない。
きっと俺がペアとして踊るのが楽しいのか、嫌なのかが知りたいのだろう。舞は気にして
くれていたのだ。
そう。それは俺が中学2年生の頃。
ーーーーーーーー🌙ーーーーーー
中2のとき、親友だった優太が俺を呼び出し、あんなことを言った。
正直、ペアで出るのは嫌だった。俺は個人で出たい。プライドがそう言っていた。
だが、親友が目の前で頭を下げている。
俺は「考えてみる。」とだけ告げ、練習に戻った。
これが俺の判断だ…。間違っては…いないはずだ。
練習を一段落終え、俺は優太のもとへ向かった。
自分の気持ちを伝えよう。しっかりと。
グッと胸ぐらを掴まれ、引き寄せられる。
優太と怒鳴り声が体育館の中に響く。
いつもと違う、優太の鋭くて獣のような視線が嫌に痛かった。
胸ぐらを掴んでいた手の力が抜けていく。
優太の目には涙が溜まっていた。
俺は優太に何を言ったのか、ひとつも覚えていなかった。
ヤケになってしまっていたのだ。
優太は俺と一緒にダンスを始めてくれた。
きっと2人で1人だったんだ。ずっと小さい頃から。
親友と必ずペアを踊らないといけないのか。
相手の気持ちなんかを気にしないのはダメなのだろうか。
自分は自分だ。それは変わらない。
自分ってどんなやつだろう。
自分がわかってないのによく優太にああ言ったよな、俺。
次の日、さららに相談してみた。
さららは、良き相談相手として小さい頃から付き合ってきた。
しかし、優太とのケンカは余程珍しかったらしく、目を丸くして聞いていた。
あ、同じこと言った。
そんなの知らねぇよ。
どう思おうが俺の勝手だろ。
「わかんない」
今更返事に後悔しても遅い。
答えをつきとめるのも辛い。
さららにお礼を言って別れた。
1人になりたかった。
駆け足で帰ろう、そう思った時、ブレザーを忘れたのに気づきサッと校舎に戻った。
大きな怒鳴り声が聞こえたので声の先へ行ってみると、優太が2,3人の男子と殴り合いをしていた。
顔には傷やあざが沢山できていた。
「もうお前なんか信用しねぇ。」
優太はその男子に当たっていたのだ。昨日のことを。
痛いだろうけど、涙を堪え相手を殴っている。
何も言えず、1歩が出ず…
俺は柱の影に立ちすくんでいた。
そのまま家に足が向いてしまった。
ーああ、俺は悪いヤツだ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。