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第1話

あやとり
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2020/12/26 02:32



ぐるぐる
ぐるぐる






僕のクラスの端っこにいる女の子は、“うましか”さんと言うらしい。
あだ名なのか分からないけど、クラスの女子がそう呼んでいたのを覚えている。

名前なんて、知らない。

なんなら、よく話しかけてくる隣の女の子の名前すらも知らない。
覚えてたって、すぐ忘れるだけ。得もない。興味もない。知りたいと思えない。

「…さて、終わらせるかな。」

僕は今日、日直だ。
同じ日直の女子はバスケ部らしく、部活で急遽集まりがあるらしいから帰った。

僕は帰宅部。特に入りたい部活だってないし、友達から誘われた訳でもない。
そう心の中で誰も聞いていない独り言をぽつりぽつりと語っていると、誰かから声をかけられた。


「それだから、君はなにもできないんだよ。」


黒板消しが、落ちそうになった。
“へ”という文字を消すのを忘れて、後ろを振り返る。

すると、にんまりと笑う、“うましか”さんがいた。

………あまり、笑わないくせに、なんで笑うんだろう。
そんな疑問すら抱かず、うましかさんの言葉に耳を傾ける。


「なにに関しても、興味ない、どうでもいい。君はそんな人生棚に上げて楽しいの?なに、そんな風に振る舞ってる自分かっこいいとでも思った?はは、正直終わってるね。やめといた方がいいよ、それ。」



彼女の言う“それ”が何かは分からないけど、取り敢えず反論をさせて貰いたい。
だけれど、生憎僕には彼女の言動にいちいち突っかかる程子供じゃない。

僕は勝ち誇ったような目をする彼女を鼻で笑い、さっき消さなかった“へ”の字を消す。
すると、次は歌声が聞こえた。


「かーって嬉しいはないちもんめ、まけーて悔しいはないちもんめ」


彼女は、あやとりをしながら歌っていた。
あやとりはもう古びた毛糸で、何故それを使っているのか不思議だった。

買い換えればいいのに。そんなことを思った時期もあったけど、僕は前を向いた。

「…ねぇねぇ、“あほ”くん。」

歌うのをやめ、急に話したうましかさん。
…この、“あほ”くんというのは、僕のことなんだろうか。

「……その、あほって誰のこと?」


顔を歪め訊くと、うましかさんはケラケラと笑い、僕を指差し「君」と答える。
あやとりは綺麗に結ばれて机の横に置いてあり、頬杖をついてる頬は少し赤い。
うましかさんの鞄から覗くノートは少しボロボロで、ペンで大きく文字が書いてあるように見えた。

何の文字かは隠れて見えないけど、殴り書きだから、きっと。


「あほくんはさ、学校楽しみたいとかないの?私はあるかなー。ねね、どう?楽しまない?」


にっこりと笑ううましかさん。

僕は「嫌だよ」と断り、黒板消しを置く。
黒板を上から下に移動させて、僕を見ている彼女を無視して整ってない机を綺麗に並べる。


「あほくん、今日日直藤ちゃんと一緒だよね?なんでいないの?」
「………部活だって。急遽、入ったんだってさ、収集。」

そういうと、少し驚いた顔をするうましかさん。
「はは、面白いね、あほくん。」と言ってから「今日は一斉下校でバスケ部も帰ってるよ。」と一言。

僕はなんとなく知っていたから、「そうなんだ。」と一言。
放課後、アイス屋さんに行こうと友達から誘いを受けていた彼女を偶々目撃したから。

それでも、日直の仕事はやっていって欲しかったな、だなんて思う。

「ぐるぐる、ぐるぐる。」
「……あやとり、好きなの?」


少しズレている彼女は多分、いじめを受けているのだろう。
僕は陰キャでもなく陽キャでもないポジを維持している為、そんなことはない。

話しかけられれば興味ありげに返事するし、劇があれば裏方に回る。

目立ったこともせず、目立たなさそうにもしない。
これが、学校生活における掟だ。


「…あやとりはね、無限にループするんだよ。」
「まるで、人生のように。」

彼女の言った意味がよく分からなかった。
人は簡単に死ぬ。言葉というナイフで刺されれば自ら命を落としに行く。
心臓を撃ち抜かれれば死ぬ。


脳を撃たれれば、恋に溺れ過ぎれば、爆発で吹っ飛ばされれば、老すぎれば、不治の病に侵されれば。

永遠なんてない。

1億年後、地球は滅びる。
僕らはその未来人の過去にいるんだ。

時代はすぎてゆく。
どの時代にもいる人物だなんて存在しない。

死ぬのが人間界の暗黙のルールだ。
いつの間にかみんなゴールが死になっていて、一番恐れられている。


「……君には、知っていて欲しいんだ。」

カーテンが揺れて、隙間から夕陽の光が溢れる。
夕陽の光に照らされて笑ううましかさんは少し綺麗に見えた。

長い前髪であまり顔が見えないけれど、あの人は嘘偽りない綺麗な目をしていることだろう。
その目には、戸惑いを見せている普通の僕が写っていることだろう。

「…いいよ、知ってあげる。」



僕は、鞄を持った。

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