うましかさんと一緒に山に行く日。
僕は前日から用意していたバックに油揚げを入れておいた。
もしあの山に行って神様が怒ったらこの油揚げで対処できればいいな、なんて気持ちを持って、僕は少し頬を緩めた。
自分で言うのもなんだけれど、なんてバカな発想なんだ。
神様全員が油揚げが好きだと思っている自分の思考回路が面白い。
僕は♡さんに、『今行くよ』と送った。先程メールで『もう着いたよ』と来たからだ。真面目な人や彼女に興味がある人は五分前、または十分前からいるのだろうけど僕はそんな奴じゃない。
なんなら、遅刻する側なんだ。誘ったのは僕じゃない。僕は優遇されるべきだと思う。
なんて、謎の思考を自分の頭の中で巡らせながら暑い暑い外を一歩一歩歩いて行く。
「…あ、あほくんじゃないか。」
「ああ、ノロマくん…」
ノロマくんは「やあ」と手を上げてぶらぶらと揺らしていた。
ニヤリと口端だけをあげる彼は少し色気があって、これが女子を即おとせる技か、と少し感心をしてしまった。
僕は特に急いでいる訳でもないが、こんな暑い中立ち話をするのも嫌だから「また」と手をあげてノロマくんの真似をしようとした。
だが、それは叶わず、ノロマくんが声をかけてきた。
「あほくんは、この世界をどう思うかい?」
「…え?」
「俺は、子供だから分からない。」
子供…といっても、もう高校生だ。中学卒業後、自分の家の家業を継いだりする奴だっている。
だから、子供ではない。とは思う。
二十歳だからって、高校生とは二歳差。小学校一年生と三年生の差と同レベルだ。
正直、僕はその中の記憶が全くない。みんなもきっとそうだろう。
「…僕は、この世界に疑問を持ったことがないよ。」
そう言うと、彼は少し悲しい顔をした。僕は何故悲しい顔を彼がしたのか分からなかった。
否、分かろうとしなかったんだ。
僕は小指の横側に付いている鉛筆の跡や手についているピンク色の蛍光ペンの跡で、さっきまで勉強していたんだな、と思うのと同時に、流石優秀生。と思った。
優秀生と一般生徒を区別しているわけではないけれど、やはり一線引いてしまうのは仕方がない。
ノロマくんは悲しい顔をして、「またね」と言った。
僕にはやっぱり彼の悲しい顔のいみがわからずじまい。
僕は「待って」と言って、何故悲しい顔をしているのかと訊くわけでもなく、山へと向かう。
山に向かう道中、沢山の乗用車とすれ違った。運転手の人が僕をチラリと見ては、目を逸らす。
山に行く人なんて滅多にいない。あの事件起きたらまっさらいなくなった。
「…世界に疑問を持ったって、意味ないじゃないか。」
どれだけ僕らの欲望を大きな声で叫んだって叶うことのない世界。
甘くない甘くないと言いつつ、やはりチョコレートは甘いし。
僕はポツリとムカつくくらい青い空に愚痴を吐いて、笑ってみる。
何故だろう、少し心が寂しいのに笑ってしまえるのは。
バックがズレ落ちそうになっている所を肩に持ち直して、また一歩踏み出した。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!