第3話

夏の終わりの小さな幸せ
82
2019/02/27 23:51
直也くんが、私と祥平くんを交互に見る。
鉄井 直也
え、なに。入院?
私は、2人から目を逸らしてしまった。
なんて言えばいいのかわからない。
木崎 祥平
うん。なんでかは……それはいいや
鉄井 直也
入院って、どっか悪いのか?
直也くんの言葉に祥平くんが目を見開いた。それから頭を抱える。
木崎 祥平
なおくん、今の僕の話聞いてた?
鉄井 直也
え? いや、気になっちゃったからさ
木崎 祥平
そういうところだよ。もう高校生なんだからその辺は考えないと
鉄井 直也
んなこと言われてもなー、気になっちゃったんだし
直也くんが私を見る。祥平くんはため息をついた。
相良 すみれ
祥平くんありがとう。大丈夫だよ、隠すほどのことでもないから
相良 すみれ
……簡単に言えば
二人の視線が私に集まる。
相良 すみれ
私は、心臓が悪いの
鉄井 直也
……マジかよ
木崎 祥平
……今日しかないっていうのは
相良 すみれ
あ、でもすぐ死ぬとかそういうのじゃないよ
なんて言うべきか迷う。……そのまま言うしかないよね。
相良 すみれ
3日後に手術を控えてて……。明日から準備があるから
鉄井 直也
よし! じゃあ美容院行こうぜ。髪切るんだろ?
ポカーンとする私と祥平くん。すぐに祥平くんが笑い出した。
木崎 祥平
ふっ。こういう時のなおくんはある意味ちょうどいいかも
直也くんのおかげで暗くなりそうな雰囲気は無くなった。
鉄井 直也
どこに行くとか決めてんの?
相良 すみれ
えっと、そういうのわかんなくて……
木崎 祥平
まあ、しかたないよね
祥平くんはウェアのポケットからスマホを取り出す。
木崎 祥平
へえ、けっこうこの辺あるんだ。
私と直也くんもその画面を覗き込む。よくわからないけど、ピンみたいなのがいくつか立っている。
木崎 祥平
どうする? そうだ、お金とかは大丈夫?
私は返事をする代わりに頷いた。
木崎 祥平
入れるかどうかはともかく近くから見ていこうか
鉄井 直也
そうと決まれば、ちゃっちゃと行こうぜ
相良 すみれ
うん。二人とも、ありがとう
にっこり、今度はうまく笑えてるはず。この嬉しい気持ちは本当だから。

公園を出て三人並んで歩く。

近くの美容院から順番に行くけど、なかなか空いてるところはない。
祥平くんが予約なしで当日の美容院は割と難易度高いと教えてくれた。

それでも、四店舗目でいい雰囲気の場所を見つけた。
鉄井 直也
よし、ここで決まりなら入ろうぜ
扉に手を掛けた直也くんの腕を祥平くんが掴む。
木崎 祥平
なおくん。僕たちは外で待とう、こんな格好だしね
鉄井 直也
たしかにな。ほれ、行ってきな
二人の優しさが身に染みる。
扉を引いて中に入る。
カランコローンという音が出迎えてくれる。
奥からおねえさんが出てきた。茶髪のショートカットで毛先がカールしている。おねえさんの動きに合わせて毛先が踊る。
おねえさん
はいはーい。おっ、初めて見る子ね。可愛らしいこと
相良 すみれ
お、お邪魔します
私がぺこりと頭を下げるとおねえさんが笑い出した。
おねえさん
ふふ。そんな挨拶お客さんにされたの初めてよ
入ったはいいものの、どうすればいいんだ。他にお客さんはいないみたいでホッとしたけど。
おねえさん
ほら、ここどうぞ
おねえさんに勧められるままに、大きな椅子に座る。
おねえさん
久しぶりの新規の子だから、ちょっと興奮しちゃうわね
おねえさんが私の首回りにナイロン製の布を優しく巻く。
おねえさん
あ、そうだ。どういう髪型にする?
おねえさんがカタログを見せてくれるけど、どれも可愛く見える。
相良 すみれ
……どれも可愛いですね
おねえさん
ふふ。あなたも可愛いから、どれでも似合うんじゃないかしら
相良 すみれ
え、その。じゃあ、おねえさんと同じ感じとか
おねえさん
えっ、あたしみたいな感じ?
相良 すみれ
はい。その、こういうところ初めてで……おねえさんの髪が楽しそうだなって
おねえさん
ふふ。髪が楽しそうなんて……よし! あたしのよりももっとよくしちゃうよ
相良 すみれ
お、お願いします
おねえさんが霧吹きで私の髪を濡らすと梳かしはじめた。

☆ ☆ ☆
おねえさん
これで……よし! どう?
相良 すみれ
……すごい
少し上下に揺れてみると、鏡の中の私の髪が踊っている。
おねえさん
あたしとしても、なかなかいいと思うわ
相良 すみれ
本当にありがとうございますっ
おねえさん
ふふ。また来てね
初めて髪を切って、スッキリしたような感じがする。
お会計を済ませて、何回もおねえさんに頭を下げながらお店を出る。
カランコローンという音に見送られる。

外に出ると、すぐ近くの木陰で二人が待ってくれていた。
私に気付いた二人が驚いているのがわかる。
相良 すみれ
ごめんね
木崎 祥平
気にしなくていいよ。それにしても、なんか雰囲気も変わるね
鉄井 直也
いや、めっちゃいい感じ。似合ってるじゃん。かわいい、かわいい
相良 すみれ
そ、そう? ……ありがと
鉄井 直也
なんだ、照れてんの?
木崎 祥平
なおくん、間違ってないけどはっきり言いすぎだよ
祥平くんの直也くんへのフォローが私に追い打ちをかける。
相良 すみれ
えっと、二人ともありがと
鉄井 直也
どいたま!
木崎 祥平
どういたしまして
鉄井 直也
よっしゃ、次どこ行くよ。言っても俺らそんなに金は持ってないけどな
木崎 祥平
日が暮れるまでそんな時間があるわけじゃないしね
相良 すみれ
全然、いいよ。これだけでも満足なくらいだよ
指で髪を梳くとなんの抵抗もなくスーッと指が通る。
鉄井 直也
コンビニとかマックとかで買い食い的なのもいいんじゃね?
木崎 祥平
それはありだね
また二人の視線が私に集まる。
相良 すみれ
ごめんなさい。食べたりするのはちょっと……
木崎 祥平
あ、それもそうか。勝手に進めちゃってごめんね
相良 すみれ
で、でもそういうお店とか見たことないから興味はあるかな
鉄井 直也
んー、じゃあ見て回ろうぜ。ちょっとした見学みたいな
そうして、私は二人とともに時間が許す限りいろんなお店を見て回った。
お店の説明をする祥平くんと適当な情報を入れてくる直也くんの二人のやりとりが面白くて笑ってばかりいた。

ちょっとだけ、ほんの少しだけ、もっとこういうことしたかったなって思ってしまった。

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