自ら噛みちぎった手首から血が滴り落ちる。
その痛々しい自分の手を、
息も絶え絶えなヨルの口元へと運んだ。
一滴、また一滴と真っ赤な血が彼の喉を潤すたび
傷は塞がっていき、目の下のクマすら
すぅっと消えていく。
血色の悪かった顔も、
まるで陶器のようにつややかな白い肌へと回復する。
そして彼の夜色の瞳が私を見つめた。
バカにするようにそう言った彼のお父さん。
彼はその言葉を聞くや否や、お父さんに殴りかかった。
それは目で追えないほどの一瞬の出来事だった。
ヨルのお父さんは低いうめき声を上げ、尻もちをつく。
このまま放っておけば壮絶な親子喧嘩が始まりそう!
私は睨み合う親子の間に慌てて割って入った。
にっこりと笑って念押しで尋ねると、
ヨル真っ青な顔でこちらを見た。
ヨルのお父さんはゆっくりと立ち上がって、
私たちに背を向けた。
そう吐き捨てるように言って、
地下室のドアを開けたまま去っていった。
そして数カ月後。
吸血鬼と人間の種族間の深い溝がなくなるには、
まだまだ時間が必要みたいだ。
だけど、私の周りではいくつか変わったことがある。
それは吸血鬼に転生したお母さんと、
また一緒に暮らし始めたこと。
厳しかったお父さんはお母さんの
尻に敷かれているけど、なんだか幸せそう。
それに、変わったことがもう一つ──。
そう、私の通っていた高校とヨルが通っていた高校が
合併し、人間と吸血鬼どちらの種族も通える高校として
初めて認定されたのだ。
種族に関わらず、誰でも平等に
昼夜好きな授業を選択できる仕組みになっている。
なんでもヨルが始祖であるお父さんを
説得したらしいんだけど……。
なんだかんだ言いつつも、彼のお父さんは
こうして共学高校の取り組みを進めてくれた。
それに家畜小屋と称した人間の飼育も
ヨルの進言で取りやめにしたらしい。
もしかして私たちのこと応援してくれてるのかな?
彼の深い夜色の瞳が間近に迫り、はっとする。
そう耳元で囁かれ、カッと顔が熱くなる。
こうやってつい彼のワガママに頷いてしまうのは、
きっと惚れた弱みなんだろう。
最後まで言い切る前に、かぷりと首筋に噛みつかれる。
いつも軽い甘噛みから入るその吸血は、
徐々に深いものへと変わっていく。
最初こそ慣れなかったものの、今ではすっかりその行為──彼の牙を受け入れてしまっている。
そのせいか、甘くしびれる感覚が全身を駆け巡り
すぐに力が抜けてしまうようになった。
にこっと笑った彼の口元についた赤い血が、
自分のものだと思うとなぜか心が満たされていく。
もうきっとヨルからは離れられない。
2人だけの世界に浸っていたら
すごく側にニーナさんと狭間くんが立っていた。
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
ほんのりと色づいたニーナさんの頬。
もしかして、2人にも
新しい何かが芽生え始めているのかもしれない。
「愛してる」
そう耳元で囁いた彼は私の唇に軽いキスを落とした。
吸血ではあんなに積極的なのに、
恥ずかしそうに顔を背ける彼。
この先どんな困難が待ち受けていたとしても、
きっと私たち──愛し合う2人なら
乗り越えていける気がする。
END