あの日、母さんのお墓で俺は答えを決めた。
大切な人は二度と傷つけないって。
蛇のような鋭い目に睨まれ、じっとりと手汗が滲む。
もう用はないとばかりに顔を背けた親父は
窓の外、どこか遠くを見つている。
こういう時、下手に追求すると
決まって機嫌が悪くなるため
俺は慌てて親父の書斎を後にした。
まるで俺のためを想って何か言おうとしたような…。
いや親父に限ってそんなことありえない。
人間を家畜扱いする吸血鬼の始祖だぞ。
それに…
この現実を受け入れるには時間がかかりそうだ。
────そして転校から数日後。
まさか、みくるの方から吸血鬼の学校へ
やって来るとは思いもしなかった。
追い返すためとはいえ、
ひどい態度を取ってしまった。
だけどあそこまですればきっと彼女も
諦めてくれるだろう。
相変わらず人間の血はクソまずい。
だけど、みくるを守るためなら俺は何だってできる。
わざと吸血鬼らしく振る舞った俺を見て
怯えるみくるを思い出す。
これでいいんだ。
みくるを守るためなら。
それから眠れない日が続いた。
みくるが玄関から出てきた。
そんな彼女の姿をぼーっと電柱の上から見つめる。
みくるが出てくるなんていい夢だ。
だけど彼女は目の下にクマまで作って、
深い溜め息を吐いている。
心配だ。
はっと気づくと
それは夢の中ではなく現実だった。
どうやら俺はみくるの家の近くまで
無意識に来てしまっていたらしい。
確か昨日は吸血鬼の学校が終わって、
朝方にベッドに入ったはず。
吸血鬼が夢遊病?
そんなバカなと思う反面、
みくるの顔を見られたことは嬉しかった。
でも、こんなところ親父にバレたら…!
自分にそう言い聞かせ、その日から
俺はまるでストーカーのようにみくるを
見守るようになった。
元気のなかった彼女は友人と時間を過ごし、
頑張って前を向こうとしている。
つい気弱なことをつぶやく自分が情けない。
わざと遠ざけるようなことをしたくせに、
諦めが悪いのは俺の方だ。
ふと、怪しい男がみくるをつけているのを見つける。
このままじゃみくるが危ない…!
彼女が角を曲がった瞬間、
俺はおっさんの手をひねり上げた。
おっさんは尻もちをついて震えている。
何度もつまずきながら逃げていくおっさんを見ると、
気分が良くなった。
「ストーカーか?」なんて
俺が言えたことじゃねえけど。
自嘲しつつ、俺はまた彼女の後をつけた。
そんな日々が続いたある日、
俺はみくると狭間がデートしているのを
影から見守っていた。
みくるといけ好かない野郎の距離が近すぎて
何度、路地から飛び出しそうになったかわからない。
ただ指をくわえて見ているだけなんて、
まるで拷問だ。
どうにか自分を抑えていたが、
楽しそうに並んで歩く2人を見て
思わず路地裏から身を乗り出してしまう。
と、その時……。
ふとみくると目が合ったような気がした。
慌ててコウモリに変化して
路地裏のゴミ箱へと身を隠した。
せっかく遠ざけたのに、みくるに知られたら
今までのことが全部水の泡になる。
誰にも見つからないようにじっと身を潜めた。
「そこにいるんでしょ?」
ふと、聞いたことのある声とともに
ゴミ箱の蓋が開いた。
狭間がコウモリの俺を引っ張り出し、
地面に投げつける。
とっさに変化がとけて元の姿に戻ってしまった。
俺は狭間に掴みかかった。
その言葉は痛く胸に突き刺さった。
そうだ、俺は影から見守ることしかできない。
ぐっと唇を噛み締めて、
俺はその後「頼んだ」としか言えなかった。