第4話

変な人間 side:ヨル
10,584
2022/01/31 06:57




夜空を飛びながら
後ろから感じる視線に身震いした。
雨神ヨル
雨神ヨル
なんだったんだ
あの変な人間…
俺を押し倒すとかありえねぇ!

人間のくせに吸血鬼が
怖くないなんておかしいだろ!

ほとんどの人間は近寄ってすら来ないのに。
雨神ヨル
雨神ヨル
(でもアイツの血
 なんで甘かったんだ…?)
雨神ヨル
雨神ヨル
ちっ!
クソ、わかんねえ!

なんだか胸の奥がモヤモヤする。
人間の血なんて、生臭いだけだと思ってたのに。


俺は幼い頃のある日をきっかけに
人間の血を受けつけなくなった。

それでも無理やり血を飲ませようとする
父のせいで余計にトラウマになってしまった。
​───────
​─────
​───
ヨル
うぐっ!
ヨルの父
ヨルの父
どうした?早く吸うんだ
ヨル
ムリだよ父さん…
気持ち悪い…
飲み込めないよ
ヨルの父
ヨルの父
ならここにいろ

ギー…バタン!
ヨル
やだ!
置いてかないで!


閉じ込められたのはカビ臭い地下の「飼育部屋」。

父は人間を家畜のように地下牢に閉じ込め
その場所をそう呼んでいた。
ヨルの父
ヨルの父
エサの血を吸い尽くすまで
鍵は開けない
コツコツと足音が遠ざかっていく。

俺は真っ暗な部屋に
エサの人間と閉じ込められてしまった。
エサの人間
うぅ…
ヨル
ひっ!こっち来んな!
エサの人間
…ろして…
殺してえええええ!!!
ヨル
やめてっ!!
うがぁっ!苦…しいっ!

血を吸われ弱りきっていた人間は
最後の力を振り絞って俺の首を絞めた。

​​───
─────
​───────

俺はエサとしか認識していなかった人間に
殺されかけたのだ。

もちろん吸血鬼は
首を絞められたくらいでは死なない。

でも目に見えない傷が心の奥深くに残ってしまった。
雨神ヨル
雨神ヨル
なんで俺だけ
こんな体質なんだよ!

こうなったのは
とある空白の一日がきっかけになっている。

その日の記憶はどうやっても
霧がかかったようにかすんでいて思い出せない。
雨神ヨル
雨神ヨル
俺は、何かを…
守ろうとしていた​───。


ただその大切な「何か」が
すっぽりと記憶から抜け落ちている。

思い出そうとすると
ひどく寂しくて切ない気分だけが残る。





​────帰宅後。

雨神ヨル
雨神ヨル
お呼びですか
ヨルの父
ヨルの父
遅い

珍しく父の書斎に呼び出された。
やけに豪奢ごうしゃな机と椅子。

吸血鬼の始祖と呼ばれる父に
相応しいものなのだろう。

見た目は若いが、年齢は優に3桁を超えている。
ヨルの父
ヨルの父
……

父は壁に大事そうに飾られた写真を眺めていた。

俺と同じ目の色をした吸血鬼の女。
それは今は亡き俺の母親だ。
ヨルの父
ヨルの父
明日から人間の学校へ通え
雨神ヨル
雨神ヨル
は!?

思いもよらない命令に開いた口が塞がらない。
ヨルの父
ヨルの父
いつまで経っても血が飲めないのは
人間アレルギーのせいだろう
いい加減克服しろ

紅に染まる鋭い目が俺を見据えた。
まるで殺してやろうかと言いたげに。
ヨルの父
ヨルの父
すでに学校側とは話をつけてある
雨神ヨル
雨神ヨル
俺の意見は無視ですか
ヨルの父
ヨルの父
聞くまでもない

無性に腹が立って睨みつけると父は目をそらす。
ヨルの父
ヨルの父
その目を見ると殺したくなる
雨神ヨル
雨神ヨル
…っ!


何度同じ言葉を言われただろうか。
吸血鬼の紅い目とは正反対の青い瞳。

俺はこの瞳が大嫌いだ。
エサの女
エサの女
イヤ!離してっ!
父はおもむろに人間の女を書斎に引きずってきた。
ヨルの父
ヨルの父
このエサはお前のために用意したものだ
だがお前が血を飲まないと言うなら
こいつは廃棄、つまり今すぐ殺す
エサの女
エサの女
そんな…
父は無遠慮に人間の首を掴み
鋭い爪を首筋につきたてる。
エサの女
エサの女
いたい…や、だ…
人間の首筋からじわり血がにじむ。
雨神ヨル
雨神ヨル
うっ!
血の生臭い匂いが書斎に充満した。
ヨルの父
ヨルの父
今すぐ選べ
このままエサを無駄死にさせるか
人間の学校に通い
アレルギーを克服するか
雨神ヨル
雨神ヨル
わかりました
人間の学校に…通います

そう言うしかなかった。
どさりと人間の女は床に膝をつく。

ぜえはぁと肩で息をする人間は
俺に感謝の眼差しを向けた。
エサの女
エサの女
ありが…と
雨神ヨル
雨神ヨル
別にお前のためじゃない

俺は生臭い匂いが漂う父の書斎から
逃げるように飛び出した。
雨神ヨル
雨神ヨル
行けばいいんだろ…
人間の学校…

ぼそりと不満を込めてつぶやきながら
書斎の扉を振り返る。

いつかあんなクソ親父、ぶっ殺してやる。



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