夜空を飛びながら
後ろから感じる視線に身震いした。
人間のくせに吸血鬼が
怖くないなんておかしいだろ!
ほとんどの人間は近寄ってすら来ないのに。
なんだか胸の奥がモヤモヤする。
人間の血なんて、生臭いだけだと思ってたのに。
俺は幼い頃のある日をきっかけに
人間の血を受けつけなくなった。
それでも無理やり血を飲ませようとする
父のせいで余計にトラウマになってしまった。
───────
─────
───
ギー…バタン!
閉じ込められたのはカビ臭い地下の「飼育部屋」。
父は人間を家畜のように地下牢に閉じ込め
その場所をそう呼んでいた。
コツコツと足音が遠ざかっていく。
俺は真っ暗な部屋に
エサの人間と閉じ込められてしまった。
血を吸われ弱りきっていた人間は
最後の力を振り絞って俺の首を絞めた。
───
─────
───────
俺はエサとしか認識していなかった人間に
殺されかけたのだ。
もちろん吸血鬼は
首を絞められたくらいでは死なない。
でも目に見えない傷が心の奥深くに残ってしまった。
こうなったのは
とある空白の一日がきっかけになっている。
その日の記憶はどうやっても
霧がかかったように霞んでいて思い出せない。
守ろうとしていた───。
ただその大切な「何か」が
すっぽりと記憶から抜け落ちている。
思い出そうとすると
ひどく寂しくて切ない気分だけが残る。
────帰宅後。
珍しく父の書斎に呼び出された。
やけに豪奢な机と椅子。
吸血鬼の始祖と呼ばれる父に
相応しいものなのだろう。
見た目は若いが、年齢は優に3桁を超えている。
父は壁に大事そうに飾られた写真を眺めていた。
俺と同じ目の色をした吸血鬼の女。
それは今は亡き俺の母親だ。
思いもよらない命令に開いた口が塞がらない。
紅に染まる鋭い目が俺を見据えた。
まるで殺してやろうかと言いたげに。
無性に腹が立って睨みつけると父は目を逸す。
何度同じ言葉を言われただろうか。
吸血鬼の紅い目とは正反対の青い瞳。
俺はこの瞳が大嫌いだ。
父はおもむろに人間の女を書斎に引きずってきた。
父は無遠慮に人間の首を掴み
鋭い爪を首筋につきたてる。
人間の首筋からじわり血がにじむ。
血の生臭い匂いが書斎に充満した。
そう言うしかなかった。
どさりと人間の女は床に膝をつく。
ぜえはぁと肩で息をする人間は
俺に感謝の眼差しを向けた。
俺は生臭い匂いが漂う父の書斎から
逃げるように飛び出した。
ぼそりと不満を込めてつぶやきながら
書斎の扉を振り返る。
いつかあんなクソ親父、ぶっ殺してやる。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。