第2話
甘噛みと吸血
それは衝撃的な出会いだった。
目の前で盛大に嘔吐したイケメンに
私は一瞬で目を奪われた。
深い夜色の瞳と数秒間、目が合う。
彼は疑うような目つきで
ジリジリとこちらへ距離を詰めてくる。
まるでその瞳に引きつけられるかのように
一歩も動けなくなっていた。
ぐっと腕を引かれ
気づけばその場に押し倒されていた。
「離して」と言うより
彼への興味の方が大きかったみたい。
我ながらゲンキンなやつだなと思う。
だって瞳の色以外は私が調べていた
吸血鬼の特徴そのものなんだもん。
彼は何も答えずただ見つめてくる。
気まずくなって身をよじると
彼はさらに顔を近づけて私の匂いを
くんくんと嗅ぎはじめた。
とっさに暴れると鋭い目で睨まれた。
質問の意図もわからず素直に答える。
クラスのみんなに「変人」って言われるのには
慣れてるけど、初対面の人に言われると
なんだか納得がいかない。
意外とすんなり謝った彼は
なにか考える素振りをして口を開いた。
これ、ヤバい…!
私の中の人間の本能が警笛を鳴らしている。
彼は危ないと。
彼の青い瞳がじわりと変化し瞳孔が開いていく。
声をあげたときにはもう遅かった。
彼は私の首筋に顔をうずめて、カプリと噛み付いた。
それは思っていた痛みとは全く違う
子猫のような甘噛みだった。
彼の牙が首筋に深く埋まっているはずなのに
痺れるような感覚があるだけで全く痛くない。
それにちゅうっ…と血を吸われるたびに
脳がとけるような感覚が襲う。
確か、古い文献に書いてあったっけ。
吸血鬼の牙には人間を気持ちよくする
特殊な毒が含まれているらしい。
ふわふわした思考の中
なんだか目の前がぼーっと霞んできた。
なぜかはっと我に返った彼は
私を突き飛ばして後ずさる。
さっきまでとは打って変わって顔面蒼白。
そして唇からは私の赤い血がこぼれ落ちる。
その光景はまるで絵画のように美しくて───。
勢い余って今度は私が彼を押し倒していた。
半ば強引に彼の唇に手首を押し当てる。
なぜか抵抗する彼は
私をキッと睨みつけて、気絶した。
ペシペシと強めに頬を叩いても気を失ったまま。
こんなイケメン
放置したら変な人に攫れそうだ。
うんうん危ないし…と一人言い訳をしつつ
私は彼を背負ってずるずると引きずりながら
帰路に着いた。