あの日、路地裏にいたのは絶対にヨルだった。
でも狭間くんとのデートの日から
ヨルが現れる気配は全くなくて、
あっという間に1ヶ月が過ぎていった。
そんなある日、学校に突然連絡が入る。
私は父が運ばれた病院に急いで駆けつけた。
意を決して、病室のドアを開けようとすると
中からかすかに笑い声が聞こえた。
そっとドアを開けると、
ベッドに寝そべる父が穏やかに笑っている。
そしてその隣には、
フードを深々と被った女性が座っていた。
その女性の顔を見た瞬間、
とある記憶がフラッシュバックする。
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家のリビングで、真っ黒なローブを纏った
長髪の吸血鬼と対峙するお母さん。
まだ小学生だった私はただ立ち尽くし、
その様子を見ていた。
それが私と母との最後の会話だった。
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頭がひどく痛む。
霞む視界の中で、父の隣に座る女性がこちらを振り向く。
その顔が最後に見た母と重なった。
まるであの日から時が止まったかのように
変わらぬ若さで母はそこにいた。
母は私に気づくと、
一直線に走ってきて私を抱きしめた。
私を抱きしめる身体はとても冷たくて、
口元からはまるで吸血鬼のような牙が覗いている。
昔より赤みがかっている瞳には涙が滲んでいた。
なぜか自然と涙が溢れてきて、
2人して一緒になって泣いてしまった。
こんなに取り乱し、
表情をころころと変える父は初めて見る。
まったく、娘の前でいちゃつかないでほしい。
少し申し訳無さそうにうつむいた母。
そして意を決したように私をまっすぐ見据える。
母は私の両手をぎゅっと包み込むように握る。
手はすごく冷たかったけど、
なんだか心はぽかぽかと温かかった。
母はそっと私の手を離すと、
ふと私の薬指に視線を落とした。
そこには薔薇のようなシルシが浮かび上がっている。
母は慌てた顔で私の薬指を凝視した。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。