吸血鬼の学校の前で私を呼び止めたのは、
ニーナさんだった。
それだけ言って立ち去ろうとする彼女を
慌てて引き止める。
ぐっと何かを堪えるように彼女はうつむいた。
私は何も答えない彼女に必死ですがりつく。
苦虫を噛み潰したような顔で彼女は語りだした。
わざと私を遠ざけようとしたのは、
私をヨルのお父さんから守るためだったの…?
懇願するようにじっとニーナさんの目を見つめると、
彼女は呆れたようにため息をついた。
森の奥にひっそりと佇む豪華なお城のような建物。
そこはまさに吸血鬼の始祖が住むに相応しい、
物々しい雰囲気に包まれていた。
城の脇にある薄暗い地下への入り口を指さして
ニーナさんは不愉快そうに眉根を寄せた。
少しだけ心配そうな視線を残し、
彼女は振り返らず地下階段を下って行った。
私はごくりと生唾を飲み込んで大きな門を見上げる。
そして、ニーナさんに教えられた通り
ヨルのお父さんがいる書斎へと向かった。
重々しい雰囲気を醸し出す書斎の扉。
緊張と恐怖のせいか、ノックをためらってしまう。
すると中から低く冷たい声が聞こえた。
ギギーっと木の軋む音とともに
扉がひとりでに開いた。
一歩、また一歩と進むたびにまるで1度ずつ
体温が低くなっていくのを感じる。
目線すら合わせられないほどの恐怖で
無意識に身体が震えた。
低く地を這うような声に背筋が凍る。
だけど、こんなところで怖気づいてられない。
ばっと顔を上げ、ヨルのお父さんをまっすぐ見つめる。
血の気のない白い肌に、恐ろしく整った顔立ち。
確かにヨルに似ている。
けれど、彼とは違う赤く蛇のように鋭い目が怖くて
震えが止まらない。
有無を言わせない声色。
でも、ここで帰るわけにはいかないんだ。
意を決して質問を投げかけると、
ギロリと鋭い目で睨まれ息が詰まる。
鋭い目が壁に飾られている絵画へとすっと移動する。
描かれている女性の瞳は、
ヨルと同じ、深い夜空の色をしていた。
急に目の前に影が落ちたかと思えば、
ヨルのお父さんがすぐ側に立っていた。
逃げる間もなく、首筋に冷たい牙が食い込む。
私に噛み付いているのは、間違いなくヨルのお父さんで
吸血鬼の始祖だった。
乱暴な吸血に、目の前がぼやけていく。
徐々に目の前が暗くなっていく。
そう言って私を見下ろすヨルのお父さんは
ひどく悲しそうな顔をしていた。
そして私の意識はそこでプツリと途切れた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。