第29話

ヨルを私にください!
3,954
2022/07/22 10:59


吸血鬼の学校の前で私を呼び止めたのは、
ニーナさんだった。
エサの女
エサの女
ヨル…学校にはいないわよ
佐藤みくる
佐藤みくる
え?どうして?
エサの女
エサの女
あんたに教える筋合いはないわ
だからこのまま帰って

それだけ言って立ち去ろうとする彼女を
慌てて引き止める。
佐藤みくる
佐藤みくる
待って!!
ヨルはどこ!?
お願い教えて!!
エサの女
エサの女
それを聞いてどうするつもり?
佐藤みくる
佐藤みくる
どうしてもヨルに会いたいの!
伝えたいことがあって!
エサの女
エサの女
ヨルは…
あんたのせいで…

ぐっと何かを堪えるように彼女はうつむいた。
佐藤みくる
佐藤みくる
私のせい?
もしかして危険な目に
あってるの?
エサの女
エサの女
……

私は何も答えない彼女に必死ですがりつく。
佐藤みくる
佐藤みくる
お願い!教えてニーナさん!
エサの女
エサの女
ったく、鬱陶しいわね!
わかったから放して!
エサの女
エサの女
いいわ、彼が今どんな
状況なのか教えてあげる
でもそれを聞いたところで
どうせ家畜である私たち人間には
何もできないのよ…

苦虫を噛み潰したような顔で彼女は語りだした。
エサの女
エサの女
今、ヨルは彼のお父様に
監禁されているわ
とある誓いを破ったせいでね
佐藤みくる
佐藤みくる
誓い…?
エサの女
エサの女
ヨルはあんたを守るために
お父様に、とある誓いを立てたの
あんたと二度と会わないない代わりに
あんたには危害を加えないで欲しいと
お父様を説得したの
佐藤みくる
佐藤みくる
そんな…
エサの女
エサの女
だけど彼はその誓いを破って
あなたをずっと影から見守っていたの
そのことがバレて今は地下牢よ
佐藤みくる
佐藤みくる
ヨル…

わざと私を遠ざけようとしたのは、
私をヨルのお父さんから守るためだったの…?
佐藤みくる
佐藤みくる
でもどうして
ヨルのお父さんは私を…
エサの女
エサの女
相当嫌われてるのね
佐藤みくる
佐藤みくる
どうして?
エサの女
エサの女
さあ?知らないわよ
いくら私でも始祖様の
お考えはわからないわ
実際に会って聞いてみない
限りはね…
佐藤みくる
佐藤みくる
そっか…わかった
直接聞いてみなきゃ!
エサの女
エサの女
そう直接…ってちょっと待ちなさい!
まさかあんた始祖様に会うつもり!?
佐藤みくる
佐藤みくる
うん…私、このまま引き下がれない
ニーナさん、私をヨルのお父さんの
ところに連れて行って
エサの女
エサの女
あんた…死ぬわよ

懇願するようにじっとニーナさんの目を見つめると、
彼女は呆れたようにため息をついた。
エサの女
エサの女
わかったわ
まああんたが死んだって
あたしには関係ないんだから…





森の奥にひっそりと佇む豪華なお城のような建物。

そこはまさに吸血鬼の始祖が住むに相応しい、
物々しい雰囲気に包まれていた。
佐藤みくる
佐藤みくる
ここがヨルの家…
エサの女
エサの女
ほら、あそこに見える地下階段は
あんたが攫われて閉じ込められてた
家畜小屋への入口よ
つまり、あたしの家ね

城の脇にある薄暗い地下への入り口を指さして
ニーナさんは不愉快そうに眉根を寄せた。
佐藤みくる
佐藤みくる
……
エサの女
エサの女
とにかく…西側の塔のてっぺんに
ヨルのお父様の書斎があるわ
エサの女
エサの女
案内はここまでよ
あんたを連れてきたなんて
知れたら命がいくつあっても
足りないからね
佐藤みくる
佐藤みくる
ありがとうニーナさん!
エサの女
エサの女
…ぬんじゃないわよ
佐藤みくる
佐藤みくる
え?
エサの女
エサの女
なんでもないわ

少しだけ心配そうな視線を残し、
彼女は振り返らず地下階段を下って行った。

私はごくりと生唾を飲み込んで大きな門を見上げる。

そして、ニーナさんに教えられた通り
ヨルのお父さんがいる書斎へと向かった。




佐藤みくる
佐藤みくる
…ここかな?

重々しい雰囲気を醸し出す書斎の扉。
緊張と恐怖のせいか、ノックをためらってしまう。

すると中から低く冷たい声が聞こえた。
ヨルの父
ヨルの父
入るならさっさと入れ
佐藤みくる
佐藤みくる
ひっ!!

ギギーっと木の軋む音とともに
扉がひとりでに開いた。
佐藤みくる
佐藤みくる
し、失礼します!
ヨルの父
ヨルの父
……

一歩、また一歩と進むたびにまるで1度ずつ
体温が低くなっていくのを感じる。

目線すら合わせられないほどの恐怖で
無意識に身体が震えた。
ヨルの父
ヨルの父
家畜ごときが私に何の用だ?

低く地を這うような声に背筋が凍る。

だけど、こんなところで怖気づいてられない。
佐藤みくる
佐藤みくる
…ください
ヨルの父
ヨルの父
何?
佐藤みくる
佐藤みくる
ヨルを私にください!!

ばっと顔を上げ、ヨルのお父さんをまっすぐ見つめる。


血の気のない白い肌に、恐ろしく整った顔立ち。

確かにヨルに似ている。
けれど、彼とは違う赤く蛇のように鋭い目が怖くて
震えが止まらない。
ヨルの父
ヨルの父
なんだと?
私の息子が欲しいだと?
佐藤みくる
佐藤みくる
はい!
私にはヨルが必要なんです!
ヨルの父
ヨルの父
くだらん
命が惜しければ帰れ

有無を言わせない声色。
でも、ここで帰るわけにはいかないんだ。
佐藤みくる
佐藤みくる
あ、あの!
あなたは私を嫌っていると聞きました
どうしてなんですか!?

意を決して質問を投げかけると、
ギロリと鋭い目で睨まれ息が詰まる。
ヨルの父
ヨルの父
別に貴様のような家畜に
特別な感情などない
ただ貴様があいつの「運命の番」
だからだ
佐藤みくる
佐藤みくる
そ、それは!
ヨルの父
ヨルの父
人間という家畜と
我々高尚な生き物である吸血鬼
その間に存在する奇妙で厄介な関係
が「運命の番」だ
そんなものない方がいい

鋭い目が壁に飾られている絵画へとすっと移動する。

描かれている女性の瞳は、
ヨルと同じ、深い夜空の色をしていた。
佐藤みくる
佐藤みくる
もしかして…
ヨルのお母さん?
ヨルの父
ヨルの父
黙れ!

急に目の前に影が落ちたかと思えば、
ヨルのお父さんがすぐ側に立っていた。

逃げる間もなく、首筋に冷たい牙が食い込む。
私に噛み付いているのは、間違いなくヨルのお父さんで
吸血鬼の始祖だった。
佐藤みくる
佐藤みくる
かはっ…!
ヨルの父
ヨルの父
貴様ら人間のような脆弱な生き物など
いっそ滅びてしまえばいい!
あの人がいない世界など
滅びてしまえばいい…!

乱暴な吸血に、目の前がぼやけていく。
佐藤みくる
佐藤みくる
やめ…て
ヨルの父
ヨルの父
なぜ吸血鬼が人間から
隠れるように暮らさねばならない
私は共存など望んではいない…!

徐々に目の前が暗くなっていく。
ヨルの父
ヨルの父
貴様がいなくなれば
息子が苦しむ必要もなくなるだろう

そう言って私を見下ろすヨルのお父さんは
ひどく悲しそうな顔をしていた。

そして私の意識はそこでプツリと途切れた。




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