シルク視点
今日は珍しく休みで、する事も無かったから
近くの公園に寄っていた
丁度日陰になっているベンチに腰を掛け、額に滲んだ汗をハンカチで拭き取る
小学生くらいの男の子と女の子達が追いかけっこする景色を
手持ちの缶コーヒーを飲みながら傍観する
ベンチに深く腰掛け、上を見上げて居ると
隣から聞こえる青年の声
低く成りきらない少し高い声、
ぴょんと跳ねた髪の毛に、少し低めの身長
そして何よりこの残暑の残る晴天の中
汗一つかかずこちらを純粋無垢な瞳で見つめる男の子
席を一人分ずれ、そこに座る様促す。
ありがとうございますとニコニコの笑みで隣に座る子
...自分の定位置だからと言って、見知らぬ大人に話し掛けられるものなのか?
あまりのコミュニケーション能力の高さに少し驚いていると、
隣からの声
あまりに気の緩んだ柔らかい笑いを魅せるもんだから
こちらまで頬が緩んでしまう
先程から忌憚ない感想に失笑してしまう
中学生特有のあどけない言葉と表情
突然現れたガキんちょに困惑しつつも、
少しこの状況を楽しんでいる自分がいる事にも気が付いていた
自然体の様な優しい笑い
素直な性格で、周りの人の心を柔らかく溶かしてしまいそうな雰囲気に飲まれかける
ぺこりと一瞥し、ここから見える公園の入口に歩いて行く
一回りは行かない年下の存在
ゆったりとした雰囲気で、周りを和ませる力を持っていた子供
また会ってみたい、という子供のような淡い期待を抱いてしまう
その、モトキという存在が
日を増す事に大きくなって行くのを身に染みて感じていた
学校のテストを作るために早めに帰宅していると、
少し前に見た子供
その日も暑いのに律儀に学校の制服を纏い、ベンチで読書する姿
ドキ、という効果音が付きそうな感情に全力でかぶりを振る
自分の感情を制御出来ずに戸惑いつつも、深呼吸してモトキの元へ歩く
本に視線を落としていたが、声を掛けると弾けそうな明るい笑顔
あまりに嬉しそうな顔をしているものだからペースが崩される
相変わらずのコミュニケーションの高さ
そして何よりも愛嬌を振りまく姿に少し見とれてしまう
しゅんとした表情でベンチから腰を浮かす
九つも離れた小さな存在
そんな子が、悲しんで欲しくない
それに、
また、会える...
お礼を言い、軽い足取りで公園を出ていくモトキ
その後ろ姿が見えなくなってからも、暫くは出て行った場所を見てた。
約束通り、その日はもう別れたけど週に一度以上俺たちは会うようになって
それが習慣じみたものへと変化していった
だけど、1ヶ月ほど経ったある日から
待てど暮らせど、彼にその公園で出会うことは
とうとうなくなってしまった。
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あれから丸三年
暑さの残る九月上旬の空を見ながら袖で額の汗を拭いながら
絡んでくる女子を軽く遇う
そういえば、あの日も、これぐらい暑かったな
とか、もうどうでも良かったはずの記憶が蘇っていく
その時、鳴る呼び出し音
呼ばれる事が滅多に無かったから少し緊張しながら
職員室に向かった
暑さからか、転校の旨を伝える先生も呂律が上手く回っていない
ときも、なんて珍しい苗字だななんて考えながら
次の授業のために職員室を後にしてクラスに向かう
張り付くように付いて回る暑さに苛立ちを憶えながら
新しい転校生について、ぼうっと考えた
そして、次の週
転校生の来る日になった
こくりと頷くだけで、返事すらしない
此方を向いて挨拶をするでも無く、ただぼうっと前を見詰める鉄黒の眼
飄々と前を歩く転校生を見ながら、クラスに向かった
クラスの生徒を促し、教壇に誘導させる
前を通り過ぎる転校生
その時、覚えた違和感
見た事無い、はずなのに
何故か、懐かしい
そんな俺の様子も知った雰囲気は出さず
淡々と黒板に名前を書く
目の下まですっぽりと被ったマスクを取り、正面を向く
ぺこりと一瞥し、またマスクを深々と被る
そんな、まさか
もとき?
あの子の名前
そしてマスクを外したら、同じ、顔―...
転校生の顔に気を取られていると、
次の指示を催促するように呼ぶ、彼
そのまま指定した席に着く
あの時よりも、低くなった声
高くなった身長
それに、
消えてしまった暖かい雰囲気...
その後は特に変わった事は無かった
まあ、俺の頭の中が転校生と、モトキでいっぱいだったのを除いて
の話だけど。
放課後、俺と転校生の二人静かな風の吹く屋上へと身を任す
「久しぶり」
その言葉に、やはり目前にいる子はあのモトキなんだと痛感する
時の流れで身体は変化しているものの、面影はやはりある
比較的、分かりやすい位に。
けれど、俺が気になるのは
そこじゃない。
心の底から出た疑問だった
儚げに笑う姿には、もう何処にも昔の柔らかい笑顔は無くて
ただ「造った笑顔」
何の感情すらも、視え無かった
意図の伝わらない声色と表情
その質問の意味を考えようにも、あまりにモトキの現状が違い過ぎて
頭の整理が追い付かない
逃げるようにそのまま立ち去ろうとするモトキ
急いでその手を捕まえる
このまま見放せば、きっとモトキは
一生このまま、感情の無い人間で取り残される
担任として、人として
...「シルク」として、モトキをこのままにはしたくない
此方は見ずに、話すモトキからはやはり、
何も視えない
自然とモトキの手を握る力が強くなる
だけど、俺の手の中に収まるモトキの手は、悲しい位冷たい
ふうっ、と小さく呼吸し
淡々と話し始めた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!