第5話

気づきと気遣い
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2018/07/26 01:31
チリン。
「いらっしゃい」
「お兄ちゃん、こんにちは」
「おお、兄ちゃん。久しぶりやな」
今日は楽しくなりそうだ。
「オレンジジュースください」
「はい。いつものね」
店長にそういわれて自分がここの常連だと認められた気がしてうれしかった。僕が店員店員言っていたのは店長だったことに最近気が付いた。
「じゃあ、俺もオレンジジュースもらおかな」
「カイさん、珍しいですね」
「二人がおいしそうに飲んでるもんでな。俺も飲みたくなったんや」
カイさんは笑いかけてくれる。
「250円です」
「よいしょ」
パタン。一生懸命に小銭を取り出しているカイさんの財布から何かが落ちた。
「カイさん。何か落ちましたよ」
僕はそれを拾い上げる。免許書のようだ。
「すまんすまん」
拾ったものを少し注意深く見てしまうのは不可抗力だと思う。海一郎と書かれていた。
「う、み一郎?」
「これでカイって読むんや。兄ちゃん知らんかったんか」
当たり前だろみたいな顔でカイさんがこちらを見てくる。
「いえ。知りませんでした」
日常の中にもまだまだ知らないことがたくさんあるのだと感じた。カイさんと一緒に席に向かう。僕はいつも通りハナちゃんの前に座ろうとした。
クシャ。
何かを踏んだようだ。僕は踏んだ何かを拾い上げる。それは僕が踏む以前から丸まっていた紙のようだ。僕はそれに見覚えがあった。
「ハナちゃん。どうしたの」
ハナちゃんが泣いていた。
「これ友達のための鶴じゃないの?」
聞き方はこれであっているだろうか。
「お兄ちゃん」
声が震えている。
「なんで学校に行くの?」
どこかで聞いたセリフだ。丸められた鶴。泣いているハナちゃん。初めて会ったときカイさんがまたさぼりかと聞いていた。学校で何かあったのは間違いない。だがつい最近までなぜ学校に行くのか迷っていた僕にこれに答える権利があるのか。
「ハナちゃん」
それでもここで僕が何かできるのならしてあげたい。
「学校は辛いことや不安なことばかりかもしれない」
精一杯、丁寧に口にする。
「それらを糧にしていずれ来る何かに立ち向かうために通うんだよ」
僕はハナちゃんに対して受け売りばかりだ。
「私にできるのかな」
目が潤んでいる。
「僕も挑戦するから一緒に頑張ろう」
これはオリジナルだ。ハナちゃんが俯いた。いや大きく頷いてくれたのだった。

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