克服していた、はず。

もう何年も前に。

俺には仲間がいるって分かって、克服出来たはず。


なのになんだ、この止まらない震えは。息切れは。



いつもと何が違う？

ステージに上がる直前、サナと喧嘩した。
俺が突き放してしまった。

いつも優しくしてくれるサナも、ふいっとそっぽを向いた。

周りのメンバーにも「サナに謝れ」と色々言われた。



今、ステージに立っているのは昔と同じく「孤独な自分」だ。

誰も、俺のために一緒に戦ってくれない。

いや、そもそも自分のせいか。



震える、寒い。

孤独だ。

だめだ、カメラを見れない。

昔の自分の感覚が、より鮮明にフラッシュバックした。

だめ、だめだ、この状態の僕はかっこ悪い。

誰にも見られたくない。



体の全ての筋肉が強ばって、震えが止まらない。

その時、ガバッと誰かが俺に抱きついた。

……違う。どうせこいつも。

俺は、咄嗟にヨサンを突き飛ばして舞台袖に逃げた。

急なドタキャン、やらざるを得ないステージを、舞台袖から眺めた。

楽しそうだ。

でも、もう戻れない。

合わす顔もない。




俺はそのまま、その場から離れた。

なにも、考えたくなくて、誰とも会いたくなくて、
ぎゅっと体を抱きしめながら、テレビ局からも出た。


歩く。



どうせ、だれも味方になってくれない。
だって、俺が手放したんだから。

そして逃げた。

みんなにきっと責められる。




俺が居なくても、楽しそうだったな。
あのステージに穴はなかった。

俺が居ても居なくても、変わらないんだ。


…一体、俺はなんなんだ。


そんなことを考えていると、涙が止まらなくなった。

歩けなくなって、道端で立ち尽くしながら泣いた。

ユノだった。


真っ直ぐの俺を見る目に、たまらず俯いた。
その視線にどんな意味があるのだろう、と考え出すと、全てが怖くなってしまった。

フラッシュバックして、息が止まる。
息をしようとするほど、上手くできない。

抱きしめられるが、もう思考も口も止まらない。

俺は、どうせ人前にも出れない孤独なクソ野郎なんだ。

自分で思った言葉が、自分の心にトドメを指した。

声を上げて泣く俺の胸に、ユノは自分の胸を押し当てる。
ユノの鼓動がそのまま体に伝わって、呼吸がだんだん落ち着いていった。

呼吸なんて、もうしたくないのに。

今の自分は想像力が凄まじいらしく、そんな姿見たこともないはずなのに、想像できてしまった。

そこにドタドタと足音が近づく。

自分の手が、震え出した。

体が硬直して、サナの顔も見れない。
手の震えは肩まで伝って、治ったはずの呼吸も早くなる。


こいつは、敵。


自己洗脳の沼に落ちて、どうしようもなくなっていた。

サナは、何かを察したのか、もう何も言わなくなった。





その後、宿舎に戻ったものの、もう誰とも話せなかった。







一週間、努力した。

誰とも話せなくて、カメラの正面にも立てなかった。

あんな醜い姿を晒したんだ。エゴサもできない。


もう、強い自分ではいられない。
こんなの、理想の自分じゃない。


カメラの前に立っては、過呼吸でユノに運ばれて、もう、どうしようもなかった。

体調不良というのも、ファンにいつまで通じるだろう。




限界だった。

昼休みの誰もいない練習室で、ポツリとつぶやいたそれは、すべての気力をゼロにするにはちょうど良かった。

もう、ここに立っていることすらどうでもいい。

力が抜けた膝はもう使えず、そのまま倒れていく。
これから来るだろう痛みも、もう全てどうでもよかった。

鈍い音を立てて倒れたまま、真っ白で真っ黒な頭の中をぼーっと眺めていた。

生きることも、死ぬことすらもどうでもいい。
この先なんか知らないし、今まで積み上げたものだって砂煙と同じ。


くだらない人生だった。

焦った声のユノに答えるには十分の単語だった。
だって、本当に大丈夫だから。

心はもう、どうやっても動かないんだ。感情的になったりすることももうない。

人からの目線も嫌で、どうでもいい。

辛くなければなんでもいいよ。



寝返りをうって、天井を見る。

視界に涙を流すユノが映った。

気づかなかったが、扉の近くにみんないた。

動かない心が少しだけ揺れた。

本当に少しだけ。

いつもなら、涙を拭いに行ったのに。


ようやく自分の現状を理解した。

心はめちゃくちゃだし、変。


メンバーに流されよう。任せよう。決めるのも考えるのもやめよう。


なぜか、すこし楽になった気がした。