いつも、布団の中でフラッシュバックにうなされる。

もう、明日なんて来なければいいのにとすら思う。



毎日のボーカルトレーニングが、苦痛で仕方がない。


会社が沢山のお金をかけてつけてくれた、有名なボーカルトレーナーさん。

ほかのメンバーからも羨ましがられて、楽しみだったのに。







実際のその人は、初対面から僕をじっと見つめて、素っ気なくトレーニングを始めた。

基本的なアップをして、音域、技術面、リズム感、などなど色々なチェックをしてから、大きなため息をついた。

ピリッと張り詰めた空気が最悪に気持ち悪い。

歌だけは、誰にも負けたくないプライドと自信があったから、ピキリと何かにヒビが入ったような感覚すらあった。


いや、でも、変なプライドを折って、初心を忘れずってことなのかも、と、無理やり考え直す。

だって、有名で、技術のある先生なんだから。
実績のある人なんだから。

どうにか、自分を納得させて、レッスンを始めた。




でも、明らかに変だった。

声のハリがどうの、と言いながら、僕の背中やお腹を触ったり殴ったり。

姿勢がどうの、と言いながら、至る所を撫でてきたり。


これって、セクハラ？と思ったものの、明らかに好意は無いため、気にしすぎだと信じて何も言えなかった。

それに、このレッスンに会社もヒョンたちも期待してくれている。



背負っているものが重い。
勝手には辞められないんだ。






それが、2週間毎日続いた。

ふと思い出しては叫びたくなるのをグッと抑えて一日を過ごす。

そんなことも夜は必要ない。

嫌という程思い出してはブツブツと独り言を呟く。

夜だって、寝るより起きている方が長い。
時間に抗おうと、必死で起きていた。

🦊side

最近、ジョンホの様子がおかしいことには気づいていた。

明らかに元気がない。

俺たちにかけるちょっかいもパタリと止み、1人でいようとすることも多い。


ジョンホの体調が悪くなった時と同じタイミングで始めたトレーニングが少しだけ気になる。

すごく厳しい先生だという噂は聞いたことがあったが、ジョンホの実力とメンタルがあれば大丈夫だと思っていた。


今日も、向き合って昼食をとっているが、可愛らしいまん丸の目は、ずっと下を向いている。

いつも、不調を隠し通そうとするジョンホだが、もう隠す余裕もないらしい。

本格的に心配だ。

少し笑って見せても、こっちすら向かない。

モチモチの頬を優しく掴んでグイッとこっちを向かせた。




その時。

一瞬だけ意識が飛んだように、カクっと目を瞑ったジョンホ。

焦る間もなく、顔を上げたジョンホは、いつものジョンホではなかった。

目を見開いて、怯えたように飛び退いた。

一体なんだ、とジョンホを見るが、なんだか目の形も雰囲気も違う。

唸り声を上げて、頭を抱える彼は一体誰だ。

触れた手は、ありえないくらい拒絶されて、ジョンホはゼーゼー荒い呼吸をしながらこちらを睨んでは叫んでいた。



そこに、メンバーが続々と集まってくる。

もう、ジョンホは見境なく暴れ始めた。

触れるもの全て拒絶して、なにも視界に入らないように。

大声で泣きながら叫ぶジョンホに、手も足も出せなかった。

サナが、がしりとジョンホに覆い被さる。

酷く暴れるジョンホだが、急にピタリと動きが止まった。

その時、ジョンホの体がありえないくらい震えていることに気がついた。

咄嗟に掴んだゴミ箱に、ジョンホは顔を突っ込んで吐いた。

ゆっくり、そう伝え続けると、触れているのが味方だと理解したのか、だんだん震えも止んでいった。


しゃくりあげながら泣き続けるジョンホがあまりにも辛そうで、そっと口元を拭ってやる。




その時、またジョンホの意識が飛んで、優しい瞳のジョンホが帰ってきた。

人が変わったように冷静になったジョンホ。

僕たちはそれについていけなかった。

声は荒く、でも体は震えて、表情も怯えているようだった。



……俺たちのことが怖いのか？

どうしても、さっきまで考えていたトレーナーのことがチラつく。

ジョンホは、驚きと絶望の顔でバッとこちらを向いた。

いや、全員が聞いていた。

誤魔化そうと必死な今のジョンホの言葉より、さっきの言葉の方が本心に聞こえる。

ジョンホは、絶望した表情のまま、声も上げず泣き始めた。

やばい、と思った時にはもう遅くて、

誰の声も届かないままジョンホが堕ちていく。

俺は必死に抱きしめた。

ジョンホの顔をこっちに向かせ、大声で言う。

ジョンホは、俺の言葉が聞こえたのか、顔を歪ませてまた泣いた。







泣きながら、あのトレーナーにされたことやプレッシャーに押しつぶされそうだったことなど、全て話し、同時にメンバーは皆、自分を責め、また怒りが溢れかえった。




そこからの行動は早かった。
法的措置、情報サイトへのリークなど、積み上げた実績を粉々できるよう、数々の攻撃を行った。


トレーナーが捕まっても、なかなか怒りは収まらず、どうしようもなかったが、それを全員で音楽にぶつけた。


ジョンホはおやすみ中。
カムバはジョンホを待ってからにしようとチームで決め、次の曲はジョンホのためのものにしようと決めている。