額に手をあて、少年と冬獅郎を重ねた。たしかに、冷静な雰囲気も、ぼさぼさの頭も、今思えばそっくりだ。
冬獅郎と公園で会った時のことを、脳裏に思い起こした。改めて思うと、なんであんなに気安く声をかけれたのか、わかった気がする。
本を読んでいる彼を見て見覚えがあったのは、もぅ既に一度会っていたからかもしれない。
天井に付けられた一枚のガラス窓からは、乗った時にあった障害物はあまり無く、ただ暗くなった空が見えた。しかし、赤い太陽は海に沈みきっていなかった。
二つの景色を数度、交互に見ていると、ねぇ、と声をかけられた。視線を上から前に戻すと、声をかけた本人は、少し目を細め、軽く微笑んでいた。
すると彼は、隣に座るよう言ってきた。自分の隣を手でぽんぽんと示すから、俺はゆっくりと立ち上がった。すると、乗り物はグラッと揺れ、俺は腰をおろしてしまった。
俺が座り、揺れはすぐに収まったものの、また揺れるのが少し怖くて、立ち上がれなかった。
冬獅郎は、俺に手を伸ばしてきた。しかしその手は、座ったままでは届く距離になく、少し立たなければならなかった。気は引けたが、冬獅郎の頼みだと思うと、立たずにはいられなかった。
俺は一呼吸置いてから、駆け出すように冬獅郎の手を取った。そして、そのままの勢いで冬獅郎の胸に飛び込んだ。
揺れはさっきよりも大きく、俺は冬獅郎にしがみつき、胸に顔を埋めた。冬獅郎も俺の背中に、腕を回してきた。
だんだん揺れがおさまっていくと、冬獅郎があ、と声をもらした。何かに気づいたような声に、俺はつぶっていた目を開いた。
外を見ると、左右に別号車が見えず、上にも暗い星空しかなかった。
太陽はもうあと少しで、海へ沈んでいくようだった。少しずつ暗くなっていくのが、はっきりとわかる。
俺は顔を上げ、冬獅郎の顔を見て言った。すると、冬獅郎も窓の外から俺に視線を移した。
すると、冬獅郎は俺の顎に手を添え、ぐっと上に上げてきた。冬獅郎の顔も目の前に近づいてきて、鼻の先が触れそうになる。
言われた通りにするため、体に力を入れた。すると、冬獅郎の顔が近づいてきて、唇にやわらかいものが触れた。それは一瞬のことだったけど、俺にはとても長く感じた。
口元が自由になると、目の前の顔が離れていった。
冬獅郎はにっこり笑って、「ライくんだからかな」なんて言ってきた。俺はなんか恥ずかしくなって、顔を隠すために、冬獅郎に抱きついた。
ちらりと見えた外の景色には、隣の車両が少し見えてきていた。本当にてっぺんだったんだ、なんて思った。
冬獅郎にしがみついていると、上から小さく声が聞こえた。思わず顔を少し上げると、冬獅郎は笑っていた。
上げた顔を再び下げ、冬獅郎の体に顔を埋めた。背中に腕を回し、できるだけ見られないようにした。冬獅郎の香りと温もりが感じられて、とても心地がいい。
顔をうずくめたまま目を閉じると、いきなり眠気が襲ってきた。
自分の背中にも腕が回され、ぐっと体が引き寄せられた。さっきからうるさい鼓動が、冬獅郎に聞こえてしまっていると思うと、なんか恥ずかしくなってきた。それでも眠気は襲ってきて、意識がどんどん遠くなっていった。
冬獅郎の声が聞こえた気がしたけど、その時にはもう、俺は夢の中に入っていた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!