本来なら登校日である今日、制服に着替えていてもいい時間なのに私はまだ布団の中。
昨日、侑に行かないと言ったからだ。
夏休み中の登校日なんて、言わなければ母にバレることもない。
お昼頃に起きて、適当に何か食べて、また侑に会いに行こう。そんなことを思っていると、玄関の方からお母さんが私を呼んだ。
「あなたー、お友達きてるわよー」
友達…?誰だろう。
転校してきたのはタイミングの悪い夏休みの直前。何人か話しかけてはくれたけど、お友達と呼べるような仲になった人は思い当たらない。
疑問に思いつつ返事をして起き上がったその時、ばん、と勢いよく部屋の襖が開いた。
「…え?侑…?」
「おはよーさん」
「な、なんで」
「学校行くでー」
遠慮もなくずかずかと入ってきたのは侑で、あの日見た時より少し綺麗な制服を着ている。
呆気に取られている私を他所に、はよ着替えろやと無表情なままハンガーにかけてある制服を投げ渡された。
「…昨日は行かないって」
「気分や言うたやろ。はよし」
「…勝手」
「俺はええんや」
納得が行かないまま部屋を出た侑。急いで着替えて、髪も手櫛程度しか出来ないけど整えて、鞄をとる。
「お待たせ…」
「被っとき」
「侑は?」
「いらん」
アパートの前に止めていた二輪に跨って、また乱暴に投げ渡されたのはヘルメット。
後ろに跨ると「落ちなや」って言いながら手を取られて、侑の腹に回される。「落ちないよ」と返して回した腕に力を込めた。
「ねえ侑!」
「なんやー」
「ありがとー!」
「なにがやー」
「何でもなーい!」
風が生きているように私たちを導く。
侑となら、侑に連れられるなら、どこまででも行ける気がして、気持ちよかった。
ーー「侑ってば」
「なんや?」
「侑ってそんなに学校来ないの?」
「来やんなあ」
学校に入ってから、視線を感じて仕方が無い。
聞こえてくるのは「宮くんやん」とか、あとは「宮くんとあの子、だれ?」とか。
決して近づいてこようとはしない彼、彼女たちを横目に流しながらどんどん進む侑についていく。
「侑」
「ん?」
「…やっぱりいい」
何でみんな遠巻きなの?なんて聞けない。侑が何をしたのかとか、そんなのはどうでもいい。
だけど聞いたらもういいって言われそうな気がしたんだ。
教室に入っても変わらずに、こそこそひそひそ遠くから私たちを見て、話して、また見る。
気持ち悪さに侑の裾に手を伸ばすと、気づいたのか「なんや」ってがしがしと乱暴に髪を乱された。
「はよ席つき」
「…うん」
なり始めたチャイムに侑が離れる。
少し名残惜しく感じながら、自分の席に足を進めた。
「なあ、深月さん」
教卓に立つ先生が来週から始まる二学期について何かを言っているのをどうでもいいな、と思いながら聞き流していると、隣の席の子が小声で私を呼んだ。何度か話しかけてくれたことのある彼女は、確かバドミントン部だって言ってた。( 初日勧誘されたけど断った )
「何?」
「深月さん、何で宮くんと絡んでるん?平気なん?」
「平気?何それ」
「深月さん来たばっかやから知らんかもしれんけど、宮くん、このまちで一番強いらしくて、学校来おへん日はやばいことしてるって噂やねんで。怖いから誰も近づかん」
「ふうん」
何とも面白くない理由だな。否定する気になれないのは、侑がそんなもの望むような人じゃないから。
噂は噂、確かに初めて見た様子では、喧嘩とか、そういうことをしているのかもしれないけど、私にはむしろそれが輝いて見える。
だからといって彼にそれを望む訳では無いけど、彼の持つそういう雰囲気に見惚れたのは確かだった。
「だからあんまりかかわらん方がええよ」と、本人は親切心で言っているんだろうけどそんなのただの偽善だ。忠告はしたから、あとは知らないよ。って。
そんなものより私は、侑がくれる『特別』が欲しい。
「そうかな」適当に返して横列に並ぶ侑を見る。面倒なのか机に伏せて寝てるみたいだ。
面白くない日常はもういらない。私はもっと遠くへ行きたい。もっと、違う何かを見たい。できるのなら、侑と一緒に。
(( 気儘なプリマ ))
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。