出会って半月が経った。学校も二学期が始まってなんとなく忙しない。
侑とは良く会っている。
バド部の彼女曰くよく来ている方だと言っていたけど、学校には一週間に二、三回程度しか来ない。たまに昼からフラフラきては授業中寝て、終わったら帰っていく。学校に来た日は私も一緒に帰る。
たまに学校をサボって会いに行く日もある。いつも「何しに来たん」って怒られるけど。
休日は特別な用がない限り必ず会いに行った。
特に何かをするわけではなく川原で寝たり、ふらふらと歩き回ったり、二輪で走ったり。
たまに置いていかれる時もある。そういう時は後日数日間何があっても姿を見せない。
きっと喧嘩でもしてるんだろう。
「あ、おはよ。今日は行くの?」
「はよ乗り」
「うん」
どうやら今日は行く気らしい。階段をおりると相変わらず乱暴にヘルメットを投げてくる侑がそこにいた。
朝から登校する日はこうして迎えに来てくれる。
ヘルメットをかぶって後ろに跨り、侑の腹に手を回すとブンブンと音を立てて走り出した。
「あ、あれや、あの子」
噂とは恐ろしいもので、校内ではあの宮くんと転校生、なんてタイトルのついたそれが瞬く間に広がって、学校が始まってしばらく経つ今でも消えていない。
前後の席にいる私たちを見ては、小言を言っているクラスメイトの子達。おまけに噂を聞きつけた他クラス、他学年の人まで扉の方で群がっている。
だけど噂が広まるのが早いなら、慣れるのも早いもので、気にせず侑の前の席に座ってスマホをいじる。
始業式早々、元々この席に座ってた女の子に「あの、私変わるからそこ座っとって」と譲ってもらった。本人は親切に、みたいな顔をしてたけど侑のこと怖がってるのが丸わかりだった。
まあ侑と近くの席ってのは楽しいからいいんだけど。
「ねえ」
「なんや」
「屋上行かないの?」
「行きたいんか?」
「ううん。今日は違う」
「さよか」
「侑」
「放課後、海行こか」
「! いく」
「えらい晴れとんなー」
「そうだね」
きっと気持ちいいね、言えば「せやな」と優しく微笑んだ。時々見せる侑の柔らかい表情は、クラスの人達からすれば珍しいどころの騒ぎじゃないらしく、静かに盛り上がっている。
「寝るわ」
「お昼?」
「ん」
短く返事をして机に突っ伏した。
まだ来たばかりなのに。寝てしまえばしばらく起きない侑を、お昼ご飯の時に起こして一緒に食べる。もう日常になってしまった一連のことなのに、退屈に感じないのは一緒にいるのが侑だからだと思う。
学校にあまり来なくて、喧嘩ばかりで、クラスメイト曰くいつも顔が怒ってるし怖い、なんて恐れられている侑だけど、何を考えてるかわからないだけで、さっきみたいな柔らかい表情だってする。私みたいなのが付きまとっても面倒に思うどころか特別だなんて言ってくれる。
偽善者ぶって遠巻きにいる彼女たちの方がよっぽど怖い存在だ。
仲良しこよししてたって、結局は自分が一番な連中ばかり。そんなのいらないし、なりたくなんかない。
「( こどもみたいな寝顔… )」
すうすうと寝息をたてながら眠る侑の寝顔は、ずっとずっと幼く見えた。
流れる髪を耳にかけてやり、写真を撮る。
この間は後頭部しか撮れていなかったそれに、わかんねーよと文句を言われたからである。
改めて送信し直すと珍しく早々に既読がつき、『え?こいつ?』と返ってきた。
彼とはまだメッセージのやりとりを続けていた。
「そうだけど」
『なんか知ってんだよな、こいつ』
「侑?」
『上の名前は?』
「宮」
『はあ?!侑、って、宮侑?!兵庫の?!』
「なに」
既読はついているのに急に返ってこなくなった返信に、なんだったのと不思議に思っていると、スマホがヴー!と鳴り出した。画面には電話のマーク。
休み時間だしいいかと出てみれば第一声が『おい!!』大声で叫ばないで、耳痛いんだけど。
「なに」
『おま、大丈夫なのかよ?!』
「なにが。てゆうか侑のこと知ってるの?」
『知ってるも何も、兵庫の侑っていやこっちでもちょっとした有名人だぞ』
「ふうん」
『ふうん、って…お前な』
「あんたの言う侑がどんなやつかは知らないけど、あたしの知ってる侑はいいやつだよ」
『…お前なんか、変わったな』
「は?」
『いや、いい意味でだぜ?』
「褒められてる気がしないんだけど」
『てか、俺が心配してんのはそっちじゃねーよ。お前から聞く限り侑ってやつがいいやつなのはなんとなく知ってたし』
「そっちじゃないってなに」
『あー……まああんまり深く関わんなよ』
「…黒尾」
『なんだよ』
「人生って面白くないと生きてる価値がないよね」
『…何だよ、急に』
「侑はそれをくれるんだよ」
『面白い人生か?』
「私にはこの人が、キラキラして見えて仕方ないの」
『…だー!好きにしろよ!でも何かあったらすぐ連絡しろよ!!』
「ふふ、ありがと」
『じゃあな!』
ぶちん、と半ば強引に切られた通話にため息を零す。
何かあったら連絡しろよ、か。呆れてもう知らんって言わない当たりが何だかんだ優しいあいつらしい。
東京にいた頃から仲の良かった黒尾が心配してくれるのはありがたい。だけど、心配してるのがそっちじゃないって、どういう事なんだろう。
あの様子だと、侑の噂を知ってて危ないって言ってるんだと思ったのに。
疑問は残るものの、まあいっかと済ませてしまいスマホをしまう。
「おもろい人生」
「!え、侑起きてたの?」
「おはよーさん」
「もう…起きてたなら言ってよ」
「悪いけど俺は光っとらんで」
「かもね。だけど私にはそう映るんだよ」
何やねんそれ、呆れ混じりに笑った侑にいいでしょ、と満面のそれで返す。
鳴り始めたチャイムに侑はまた「寝るわ」と言って机に突っ伏した。
(( とっくにあなたの領域内 ))
彼は英雄、私の光、私のヒーロー。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!