「あれ、珍しい」
そして今日は水曜日。いつもならここで待ってくれている侑がいない。ということは今日は来ないのだろうか?喧嘩かなあ。理由があるならそれくらいしか思い当たらない。
とんとんと階段を降りて学校へ向かった。
「な、なああなたちゃん、宮くんが呼んでるで」
「え?」
お昼休み、侑もいないしさっさと食べてしまおうとお弁当を広げようとしたところで怯えながらかけられた声。
宮くん、その名前に反応して、扉へ視線を移した途端ため息が出た。
「なんだ、治か」
「酷ない?せっかくあそこ開けたろおもたのに」
「いいよ、侑いないし」
「ほな一緒に食べよー」
「…なんで」
「あなたはほんま侑にしか興味無いよな?同じ顔やん」
「馬鹿じゃないの」
「えー」
いいよとも言ってないのに勝手に侑の席に座って、にこにこ笑ってくる。
周りの視線が鬱陶しい。
「…やっぱり行こ」
えーなんて零す治の腕を引いて屋上に足を進めた。
「…で、なに。」
「なにて、水曜は一緒に食べとったやん」
「侑がいない」
「それだけやん」
「…はあ、わかった。早く食べよう」
なんだろう、この感じ。なんか調子が狂うというか、ペースが乱されるというか。どっちもたいして変わらないか。
もやもやするまま箸を進めていると、こっちに向く視線に気づいた。
「なに」
「あなたはべっぴんさんやなあ」
「…なんなの」
「何で侑がこやんか知ってる?喧嘩やないで」
「そうなんだ。ならわかんない」
「なああなた」
「え、ちょ、」
治が私の名前を呼んだ瞬間、がらりと空気が変わった。近づいてきたと思えば手首を掴まれて、そのまま押し倒される。
力を入れてみてもびくともしない。
「…なんなの、はっきり言って」
「これでもわからんの?」
「私は侑にしか興味無いよ」
「そんなん知っとる。せやけど、侑と一緒におるんやったらこれくらい覚悟しとかなあかんで」
「え?」
「それを今から教えたるんやん」
「ちょ、おさ…っ」
いつもより低い声を発した治の目の色が変わった。流石に危機感を感じて抵抗するが、やっぱりびくともしない。
ゆっくり迫ってくる治の顔。唇を噛んで目を強く瞑ると、ふっと鼻で笑って、息のかかる距離で呟いた。
「無理や、男と女の力なんかそんなも、っ?!」
言葉の途中でがんっ!ものすごい音がして、まぶたの裏から光が通る。痛いくらいに抑えられていた手首も開放された。
恐る恐る、ゆっくり目を開けると、侑がそこに立っていた。
治を探すと、少し離れたところで倒れたままけほけほと咳き込んでいる。どうやら侑に蹴り飛ばされたみたい。
力んでいた力が抜けて、体の硬直が和らぐ。逆光で見えやしないけど、侑が不機嫌なことはわかった。
「あつ、」
「何しとんねん、治」
「いったあ、手加減くらいしろや、けほっ」
「あなた、来」
「あ、侑、」
私の話を聞いてくれるつもりはどうやらないらしい。
やっと自由になった手首をまた掴まれて引っ張り上げられる。立ち上がった勢いでよろめいた私を無視して、侑は不機嫌なまま手を引いていく。
屋上を降りる寸前、治を見ると動けないのか倒れたままだった。
「侑?」
「……あかんわ」
学校を出て無言のまましばらく歩いて、足を止めたのは出会った場所とよく似た高架下。薄暗く人もあまり通らない場所で足を止めたかと思うと、壁に追いやられて両手をつき逃げ場を防がれた。
しばらく黙ったまま眉を寄せた侑を見つめていると、ゆっくり近づいてきて優しく唇を重ねる。あの時の乱暴なそれではない、優しく暖かいもの。
離れたと思えば首筋に顔を埋め呟いた。
「あほやろ、自分」
「…ごめん、」
「お前は俺のもんちゃうんか」
「うん、侑だけのものだよ」
「治でもええんか?」
「そんな訳ないじゃん、わかってるくせに」
「フッフ…知っとったわ」
それにしては、弱々しい声。初めて聞いた、何かに怯えたような声。
切ないくらいに愛しくて、心臓がきゅうきゅうと音を立てて痛くなる。たまらなくなって侑の首に腕を回した。
「侑」
壁について私の動きを防いでいた腕が退いて、片方は頭に、もう片方は腰に回される。苦しいくらいに抱きしめられて、またキスをした。食べるようなそれにだんだん酸素が薄くなる。ぼーっとしていく頭の中で、このままでいたいと願った。
(( いつまでも痛い目みせてよ ))
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。