「怪我してる」
よく見ると顔にも体にも色んなところに傷がついてる。
やっぱり喧嘩だったんだなあと思いながら覗き込んで見ていると、手を取られて頬のそれに添えられた。
「触ってええで」
「…痛くないの?」
「こんなん痛ないわ」
「ねえ、なんでわかったの?治のこと」
「…朝治の機嫌がよかったって、おかんがゆうとった」
「それだけ?」
「前からちょいちょい治、あなたの話しとったから」
それだけで気づいたのは二人が双子だからか、単に侑の勘が鋭いからか。
親指で傷をなぞりながら、ふうんと返す。
「侑に何言われたん」
「べっぴんさんやなあって言われたよ」
「なんやそれ、おもろ」
「ふふ、ほんとに」
あほちゃうか、って言いながら、 眉を寄せていることに気づく。頬が緩んで空いた手で口元を抑えると「なんやねん」って睨まれた。
「…やるわ」
「え?」
突然手を離したかと思えば、自分の首の後ろに回してつけていたネックレスを外して、そのまま私の首につける。
突然過ぎて疑問符を隠せない私は顔を上げて侑に向くと、目が合ってしまって離せなくなった。
「なんや」
「くれるの?」
「やるゆうたやろ」
「…ありがと」
なんだか照れくさくなった。胸元で光る小さなリングのついたネックレスが、まるで侑みたいで、ここにいるようだと一人で思ってしまったから。
隠すように視線をそらしてネックレスを見る。侑から貰ったものは多いけど、形のある物をもらったのは初めてだった。
「お前はいっつも幸せそうやなあ」
「うん、侑がいるからね」
「…せやな。俺もお前に会うために生まれてきたんや思うわ」
「!」
それじゃまるで愛の告白だ。そんなことを微笑を浮かべながら、空気でも吐き出すように言うもんだから、こっちが恥ずかしくなる。だけど侑の言葉はそれ以上の質量を持っていて、優しく私に降り注ぐ。嬉しくて、涙が出そうになった。
いつの間にか絡めていた手が、温かくなっていく。細く差し込んだ光が侑を照らして、キラキラと輝いた。
「私もきっとそうだよ」
「…さよか」
それは次第に私も照らして、もう夕方であることを知らせた。
日が暮れた頃、「帰ろか」と侑に手を引かれて長い一本道を歩いた。ついたばかりの蛍光灯の光が私たちの影を揺らしながら、見送る。
長いのに短く感じた帰り道、侑が時々眉を寄せては「治に近づいたあかんで」って言ってきた。
その度私は「侑のものだもんね」って返していた。
(( 溶ける魔法は夢の底 ))
この時の私はまだ知らない。
こんな小さな幸せさえ望めない日が、もうすぐそこまで来ていたことを。
これが永遠ではないことを。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。